第149話 ロールプレイ

「この森の深部から北は未だにどの国も領有していない地だったはずだ。

街道脇の地ならばいざ知らず、魔物が蔓延っていたこの奥地を我が主君が平定し保養地とした。

何か問題でもあるか?」


 領兵隊隊長が俺たちを貴族一行だと勘違いして怯んだ隙に、此処の領有の正当性を誇示しておく。

バスケ部女子、なかなかさまになっている。


「ございません」


「ならば去れ! 大軍で囲むなど無礼であるぞ!」


 男装したバスケ部女子の台詞が時代劇っぽいのは時代劇好きのお爺さんの影響らしい。

後ろで聞いていた俺は、その言い回しのせいでバレるのではないかとヒヤヒヤしたが、隊長は全く気にも留めていなかった。

その台詞が上手い事翻訳されて、騎士っぽさを醸し出しているようだ。


 俺たちが現地人と言葉を交わせるのは、召喚特典として自動翻訳がかかっているからだ。

俺たちは日本語を話しているつもりでも、口から出ている言葉は現地語になっている。

そして現地人が話している言葉は、俺たちには日本語になって聞こえてきている。

この世界に存在しない現地語に置き換えようのない物、例えばパソコンなどという単語を口走ってしまうと、そのままの音で伝わり意味不明となる。

それだけで召喚勇者とバレかねないので注意が必要だ。


「も、申し訳ございません。

ただ、一つだけ質問させていただけないでしょうか?」


 男装したバスケ部女子は、隊長の思わぬ対応に俺の方を伺う。

俺たちの想定では、領主と相談するために一旦持ち帰って撤退するか、この場で領有を認めて引き返すと思っていたのだ。

俺は小さく頷いて、バスケ部女子から対応を引き継ぐことにした。

だが、その様子は隊長から見れば、騎士が主君に回答の許可を得たように見えたようだ。


「それでは質問させていただきます。

この地を大量の魔物が襲ったかと思うのですが、いかがなされた?」


 なんだよ。身構えて損をした。

領有の権利を疑っているのではなく、彼らの任務である大規模討伐を完遂しようとしていたようだ。


「オーガが率いる魔物の群ならば、我らが倒したぞ」


 これはバスケ部女子でも答えられる内容だった。


「なんと、あの数の群をですか!

いや、疑っているわけではありませんぞ。

その少人数でと思うと驚いてしまいました」


「奴らは東側から来てな。

我が保養地の景観を損なうこととなってしまった」


 俺もダメ押しで隊長に話しかけ、壁の東側の荒れ地を示した。

そこには火魔法で焼かれた木などの戦いの痕跡が残っている。

領兵隊は南から来たため、そちらはまだ見えていなかったようだ。


「そういえば、確かに大規模な戦いの跡のようですな」


 隊長は貴族だと思っている俺から話しかけられ、緊張した様子を見せる。

俺から直接伝えられたことと、戦場跡の状態を把握して大量の魔物を倒したことに納得したようだ。


「お時間をとらせてしまい、申し訳ございませんでした。

我らの任務を貴族様が達成してくださっていたようです」


「構わん。我が保養地を守るためにやったことだ」


「ご無礼、重ねて謝罪申し上げます」


「そなたたちの役目、理解している」


 俺は話は終わったという態度で結衣とマドンナ、そしてメイドたちを引き連れて屋上から降りた。

護衛である男装4人は、領兵隊が撤退するまで監視で残る。

さて、これで帰ってくれるだろうと思っていたら、そうでもなかった。

貴族役の俺がいなくなったことで、隊長も気兼ねなく雑談することが可能になってしまったのだ。


「我々は撤退するが、少々訊いてもよろしいか?」


「なんだ?」


 ここで断るのも不自然なため、バレー部女子が返事をしてしまった。


「魔物の死体が見当たらないが、どうなされた?」


「ゴブリンは魔石を取って焼いた。

オークとオーガは素材としてアイテムボックスに入れて保管している」


「ほう、それはなにより。

これだけの大規模討伐、素材回収もあてにされておりましてな。

それらの素材は我が領と交易してくださらんか?」


「主君に訊ねておくが、交易は可能だろう」


「それは重畳ですな。

これからも懇意にしていただきたい。

私はモーリスと申す。

貴殿のお名前を伺っても?」


 そのやり取りを聞いていた俺は、拙いと思って出て行こうと思ったが、出るに出れない状況だった。

ここで貴族役の俺が戻るのは不自然だったのだ。

バレー部女子も、しまったと焦ったようだが後の祭りだった。

俺たちは、自分たちの偽名も考えていなかったのだ。

だが、ここで名乗らないのも無礼になる。

せっかく撤退してもらえるところなのに、ここで疑いの目を向けられては全てが水の泡になりかねなかった。


「私は……オスカルだ」


 ベルばらかよ!

とっさに日本名を言わなかったことは褒めてあげたいが、それって……。


「では、オスカル殿、交易の件でまたお会いすることもあるでしょう。

今後ともよしなに」


 そう言うとモーリス隊長率いる領兵隊は去って行った。

さて困ったぞ。交易となるといろいろ設定が面倒になる。

国の名前から貴族家の名前まで設定しなければならない。

そして、間違いなく貴族詐称に該当する。

そこらへんの危険性を伝えなかったのは悪いとは思うが、もう少し慎重に話して欲しかった。

俺は今後のことを考えて頭を抱えることになった。

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