第58話 三つ編みちゃん2

 みんなの背中が遠ざかる。

身体強化で早く走れるようになって体力も上がったといっても、それは元来の私の能力に乗算された結果だ。

おそらく私は、その基本値が誰よりも低い。

巨大カマキリは臭いで私をホーンラビットだとでも認識しているのか、執拗に追いかけて来る。


「痛っ!」


 背中に一筋の焼けるような痛みが走った。

たぶん巨大カマキリの鎌で切られたのだ。

それでも走り続けないとならない。

森に入れば安全とは限らないが、何匹かの巨大カマキリは諦めてくれるかもしれない。

なぶり殺しよりは助かる可能性が少しは出そう。

ああ、やり残した事、いっぱいあったな。

恋もしたかったなぁ。


「って、なんで転校生くんの顔が浮かぶのよ!」


 私はどうしてあいつ転校生の顔なんて思い浮かべたんだろう。

このクラスで秘密を共有している男子なんて彼ぐらいだからだろうか?

まあ、それも私が秘密を握った一方的・・・なものなんだけど……。


バタバタバタ


 風を切るそんな音がしたと思ったら、頭の上を巨大カマキリが飛び越えて私の前に立ち塞がった。

あの巨体で飛べるなんて、どんな無茶をしているんだろうか?

いや、この世界には魔法がある。魔法で補助されれば巨大ドラゴンだって飛べるんだったわ。

だけど、前後を挟まれた私の命は風前の灯だった。


「誰か助けて……、転校生くん……」


 思わず目を瞑って座り込んだ私は、脳裏に浮かんだ転校生くんに助けを求めてしまった。


「呼んだ?」


 目を開けると、そこには転校生がいた。

しかも、その手にした剣で巨大カマキリを2匹とも切り伏せていた。

私は幻かと思って、その顔をしげしげと見つめてしまった。


「大丈夫? じゃないね。

マドンナさんに治療してもらわないと。

マドンナさんたちはどこに?」


 転校生くんは、私の背中を見て顔を顰めた。

私の背中の裂傷を見たのだろう。

そして、慌ててマドンナちゃんを探して周囲を見回した。

どうやら、巨大カマキリに追われて、私は彼女たちからはぐれてしまったようだ。


「困ったな……。あっ!」


 転校生くんが何かに気付いたようだ。

そして恥ずかしそうに眼をらして告げた。


「いま、レベルアップして新しいスキルを手に入れた。

【手当】って言うんだけど、回復系のスキルらしい……」


 そんな便利なスキルを都合よく覚えるなんて、神様がサイコロの目をいじっているとしか思えなかった。

だけど、転校生くんはそのスキルを使うことに躊躇している。

しかも顔が真っ赤だ。


「?」


 私が不思議そうにしていると、転校生くんは何かを決意した表情で説明しだした。


「この【手当】のスキルは、文字通り患部に直接手を当てないと効果を発揮できないんだ……」


 その恥ずかしそうな様子に、私は今までなぜ気付かなかったんだろうと顔を赤くすることになった。

私の背中に傷を作った一撃はブラの背中側を切断していて、おもいっきりブラが外れていたのだ。

その背中の傷に直接手を当てて治療しなければならない。


「なるべく見ないようにするから……。

上は脱ぐか捲るかしてもらわないとスキルが使えないんだ」


「えっと、制服の上を脱ぐ必要があるんですか?」


「そうなる」


 命の危機だったが、乙女の危機でもあった。

ブラいちならギリでビキニの水着を晒したと思えなくもない。

恥ずかしいけれどもハードルは多少低い。

だけど、今はそのブラが機能していないんだ。

これって手ブラってやつになるのでは?

でも私は痛みと出血でそれどころではなかった。


「わかった。命の危機だもんね」


「そうそう、治療だから!」


 私も真っ赤だが、転校生くんも真っ赤だ。

こうして、私の背中の傷は転校生くんに治してもらった。

私の肌に転校生くんの手が触れている。

その効果は以外にも高く、傷一つ残ること無く治ってしまった。

これで私たちはお互いに・・・・秘密を共有することになったのだ。


「責任とってね」


「え?」


 私の一言は転校生くんには聞こえなかったようだ。

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