第57話 三つ編みちゃん1
外骨格の昆虫が、その姿を巨大にするためには、その外殻の強度のままではとんでもなく厚い外殻が必要となる。
その厚い外殻の中身ではその巨体を動かすことの出来る筋力を発揮できない。
だから地球ではそのキチン質の外殻強度によって昆虫の大きさは制限されているのだと言われていた。
地球の昆虫とは違い、この世界の昆虫型魔物は、全く違う組成の外殻を備えている。
薄くて強度があるということであり、それだけ重い物質で構成されていて、昆虫としての利点である敏捷性が多少犠牲とならざるを得なかった。
それでも、巨大カマキリは私たちにとって脅威であることに変わりはない。
料理神の加護は、そんなことまで私に教えてくれた。
この巨大カマキリも食べられるという情報とともに。
「なぜ囲まれた?」
ホーンラビットの警戒音声が辺りに響いたとはいえ、私たちは危険な魔物に遭遇しないように慎重に行動していたはずだった。
たしかに前方の3匹の正体に気付かずに不用意に近付いた。
しかし、こちらが気付かれないように細心の注意を払っての行動だった。
まだ3匹の巨大カマキリには気付かれていないはずだった。
この時、私たちは気付いていなかったが、私たちはホーンラビットの肉を運んでいた。
その臭いに釣られて接近されたなどとは思ってもいなかったのだ。
「やっぱり後ろが手薄」
「よし、このまま様子を見ながら後ろ向きに移動する」
「こいつらを森で見なかったのはテリトリーが違うんだと思う」
「ならば森に近付いたら皆一斉に駆け込むよ!」
メガネちゃんの探知結果と付属知識にバスケちゃんが後退を指示した。
全ての巨大カマキリに対処するよりも、1匹に全力でかかって逃げる、そう選択したのだ。
さらにテリトリーが違うということは、森には巨大カマキリの捕食者がいるのかもしれなかった。
それを本能で嗅ぎ取って森に入らないのかもしれない。
「どうして? 見えてないはずなのに、こっちの動きに合わせて近付いて来る!」
探知で周囲の状況を見ているメガネちゃんの顔が青くなっている。
カマキリは基本的に単独行動であり、連携をとるような昆虫ではない。
交尾したオスを獲物として食べるとも言われる共食い有りな昆虫であり、基本的に個で活動をするものだ。
だが、この巨大カマキリは魔物だった。その生態など誰も知りはしないのだ。
「ひっ!」
私の目の前に、巨大カマキリがひょっこりと現れた。
その速度は信じられないほど速く、私に向かって鎌状の前足を振り上げていた。
思わず私は右手に持ったホーンラビットのモモ肉で思いっきり殴りつけてしまった。
ベコ!
カウンターぎみに振り下ろされたモモ肉はその形状からトマホークのように巨大カマキリの頭部にめり込んだ。
それはレベル4のステータスと身体強化により、強力な一撃となっていた。
「あれ? 倒せる?」
そうなると皆も俄然やる気になる。
巨大カマキリ最初の1匹は女子チーム全員による殴打で絶命した。
「うぇー、気持ち悪い」
虫がつぶれた時の緑色の体液がグロさを強調している。
思わず吐き気を催してしまう。
「今ので包囲が崩れた。あっちが手薄」
メガネちゃんに指示されてそちらに向かう。
「きゃあ!」
そのメガネちゃんの背中に巨大カマキリの前足が振り下ろされた。
平原に生えている草と巨大カマキリの色は酷似していてカモフラージュとなっていたのだ。
それはメガネちゃんの探知も狂わせるほどだった。
「メガネちゃん!」
背中を負傷したメガネちゃんの右手からモモ肉が落ちる。
すると巨大カマキリはそのモモ肉に一直線に向かい、鎌に挟んで掴み上げると喰らいはじめた。
「!」
「やつらの狙いはホーンラビットの肉だ!」
だから肉を持っている私とメガネちゃんが先に襲われたのだった。
「ごめん、肉を捨てるよ」
私がそう言うと、バスケちゃんもその危険性を理解したのか頷いた。
「出来るだけ遠くに放れ!」
ホーンラビットの肉に誘われるならば、囮となってもらうのが良いだろう。
バスケちゃんが投げろと指示する。
「誰かメガネちゃんに肩を貸して」
「わかった僕がやる」
サッカーちゃんがメガネちゃんに近寄り、その肩から袈裟懸けしている草の籠を外して遠くに投げた。
「マドンナちゃん早く! メガネちゃんに回復魔法を!」
サッカーちゃんに肩を貸されて立ち上がったメガネちゃんの背中にマドンナちゃんが回復魔法をかける。
メガネちゃんの傷が青く光り癒されていく。
「これで大丈夫。でも血を失ってるから肩は貸したままで」
「わかった」
「今だ! 前方の森に逃げ込め!」
バスケちゃんの指示で女子全員が、我先にと森へと駆け出した。
遅れているのはメガネちゃんと肩を貸しているサッカーちゃん。
そして、なぜか私は巨大カマキリに執拗に追われていた。
そういや、私がホーンラビットを解体したんだった。
ああ、一番ホーンラビットの臭いがするのは私なんだ。
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