第59話 救出

 少し時間が遡る。

俺はたまご召喚の実験を終えて女子たちの様子を見に行こうとしていた。

無茶はしないだろうと思っていたのだが、ラキを護衛に付けることが出来なかったため、少し心配だったのだ。

しかし、もしまた温泉にでも入っていると困るので、少し時間を空けるためにレベル上げをしつつ向かうことにした。


「ん? なんだこれは?」


 森の木々に白いベールのようなものがかかっていた。

その周辺はそのベールのせいで幻想的な雰囲気を醸し出していた。

俺はその白いベールに引き寄せられ、思わず手を出してしまった。


「うわ、蜘蛛の糸か! 拙い、蜘蛛の狩場に迷い込んだのか!」


 その蜘蛛の糸は粘着力があり、俺の手から離れなかった。

このまま暴れたら身体にまで巻き付いて絡め捕られてしまう。

俺は慎重に蜘蛛の糸を剥がしはじめた。


シャカシャカシャカシャカ


「!」


 俺の動きが糸から伝わったのだろう。

この巣の主が現れたようだ。

暗い闇の中に赤い8つの目だけが光って見えた。


「拙い! なんとかしないと」


 俺は慌てて火魔法で蜘蛛の糸を焼き切った。

すると蜘蛛の魔物が俺に向かって走り寄って来た。

まだ俺は絡まった蜘蛛糸からは脱出できていない。

見た目その蜘蛛は毒を持っていそうなタランチュラのようなタイプだった。

絶体絶命のピンチだ。


「ん?」


 俺の目の前に来た蜘蛛がシュタッと右前足を挙げた。

そして、俺に絡まった蜘蛛糸を前足の先で切裂き始めた。


「クモクモだったのか……。

死ぬかと思った」


 それはクモクモだった。

俺に懐いている可愛い眷属のクモクモも、森の中の暗闇から現れるとちょっと魔物じみていてゾッとする怖さがある。

しかもクモクモは毒持ちなので、その色は見ようによっては毒々しい感じではある。

眷属という先入観で見れば可愛いのだが、森で遭遇するとマジで怖い。

もし、クモクモと同種の魔物がいるとすれば、それは恐ろしい捕食者なのだろう。

安易にクモクモだと思って近づかない方が良いだろう。

いや、クモクモだと識別できるように、何か目印をつけておこう。


「クモクモ、ちょっと良いか?」


 そう俺が言うと、クモクモはシュタッと右前足を挙げると、近寄って来た。

俺はポケットに入っていた青いハンカチを出すと、クモクモの右前足の根本に結び付けた。


「邪魔になってないよね?

これが付いていればクモクモかどうかわかるんだよ」


 クモクモはまたシュタッと右前足を挙げると左右に揺れる喜びのダンスをしだした。


「うれしいのか、クモクモは可愛いなぁ」


 どうやら、クモクモはここに罠を仕掛けて獲物を獲っていたらしい。

そこに俺が引っかかってしまったのだ。


「邪魔して悪かったな」


 たまご召喚の実験と、このクモクモの巣に引っかかっていた時間分で、そろそろ女子の所へ行っても大丈夫だろう。

俺は女子のいるであろう温泉方面に向かうことにした。

その道程は、ラキとの視覚共有で知っている。

女子たちは、その周辺に居るはずだ。


「じゃあ、俺は女子のところに行くよ」


 俺がそう言って動きだそうとしたところ、クモクモが足元に寄って来た。

そして道案内をするとでも言うように先を歩き出した。

おそらくだが、クモクモの罠に引っかからないように誘導してくれるのだろう。


「ありがとう。クモクモ」


 ◇


 クモクモの誘導で暫く進むと、突然クモクモがソワソワしだした。

そして俺の方を一度振り向くと、あっちというように右前足を向けた後に、いきなり走り出した。


「何かあったんだね?」


 クモクモは糸を出すと木の上に飛び上がり、そのまま空中機動装置を使ったかのように森の奥へと消えた。

俺はクモクモの指示を信じて、右前足を向けた方向に走り出した。


「誰か助けて……、転校生くん……」


 その声が聞こえたことで、俺は身体強化を最大限にかけて突っ込んだ。

そこには巨大なカマキリが2匹いて、三つ編み女子を前後に挟み込み、今にもその凶悪な鎌を振り下ろそうとしていた。


「くっ、間に合え!」


 俺は今までに経験したことがないほどの速度を発揮して現場に突入すると、巨大カマキリ2匹をその勢いのまま切り捨てた。

巨大カマキリは俺の一刀により命を奪われて倒れ伏した。


『ピコン!』


 レベルアップ音が鳴った。

よかった、三つ編み女子を助けられた。

俺は安堵のせいか少し照れ臭くなってしまった。


「呼んだ?」


 俺は三つ編み女子にそう声をかけるので精いっぱいだった。


「大丈夫? じゃないね」


 しゃがみこんだ三つ編み女子の背中は血で染まっていた。

どうやら巨大カマキリの鎌で切られたらしい。

制服の背中が10cm弱切れていて、そこが出血しているようだ。


「マドンナさんに治療してもらわないと。

マドンナさんたちはどこに?」


 俺は周囲を見回したが、他の女子たちは見当たらなかった。


「困ったな……」


 この傷では死にはしないだろうけど、出血は体力を奪うし、へたな感染症にでもなったら、こんななんの医療体制もない場所では死にも繋がる。

早くなんとかしないと……そうだ、さっきレベルアップの音が鳴ってたんだった。

俺はレベルアップ報酬のスキル取得で回復魔法を覚えてやしないかとステータスを確認した。


「あっ!」


 そこには【手当】というスキルがあった。


「いま、レベルアップして新しいスキルを手に入れた。

【手当】って言うんだけど、回復系のスキルらしい……」


 スキルに集中すると、そのスキルの詳細が表示される。

その詳細情報を読み進めるうちに、俺はある問題点に気付いた。

困ったぞ、このスキルは直接手で触れないと使えないらしい。


「この【手当】のスキルは、文字通り患部に直接手を当てないと効果を発揮できないんだ……」


 しかも、三つ編み女子の傷は10cm弱。

制服に開いた穴に手を突っ込むのでは少々厳しい。

制服を破いてしまえば出来なくもないが、この世界に飛ばされて、その制服は一張羅なのだ。

これ以上破損させたくはなかった。


 三つ編み女子の肌に触れるのもハードル高いのに、上を脱がせないと治療できない!

仕方ないんだ。その選択肢しか今は無いんだから。


「なるべく見ないようにするから……。

上は脱ぐか捲るかしてもらわないとスキルが使えないんだ」


「えっと、制服の上を脱ぐ必要があるんですか?」


 三つ編み女子の疑いのジト目が俺に刺さる。


「そうなる」


「わかった。命の危機だもんね」


 俺の回答で、それ以外の選択肢はないと理解したのか、出血と痛みに耐えられないのか、三つ編み女子が真っ赤な顔で同意してくれた。


「そうそう、治療だから!」


 俺の顔も真っ赤なのが自覚できる。


 三つ編み女子が俺に背を向けて、制服の上を脱ぐ。

俺はそちらをなるべく見ないようにして周囲を警戒する。

どうやら先行したクモクモが警戒してくれているのか、糸の罠でガードしてくれているのか、巨大カマキリは接近して来ていないようだ。

巨大カマキリの草の中では目立たないであろう草色の体色も森の中では目立つ。

巨大カマキリも森の中は苦手としていることだろう。

まあ、体色が茶色いタイプもいるだろうから、警戒を怠るわけにはいかないのだが。


 そう思いながら、三つ編み女子の方を向くと、三つ編み女子はブラの背中側が切れてズレていて手ブラ状態だった。

三つ編み女子の胸は思った以上に大きく、ブラのサイズが合っていないようだ。

それが背中側が切れたせいで弾け出たという感じだろうか。

成長期故のハプニングとでもいうものだろう。

なるほど、それじゃあ捲るのはアウトだ。

両手で制服を捲ったら、胸を隠すことが出来ない。

傷の位置的に胸が出るまで捲るしかないのだから、ブラで隠せなければ手を使うしかないのだ。


「っ!」


 思わず叫びそうになったがその声を飲み込んだ。

俺はその白い背中や、少し位置がずれると横に張り出してしまう胸を見ないようにしながら、しっかり背中の傷に手を当てると【手当】のスキルを使用した。


「【手当】」


 手を離すとそこは傷跡も無く綺麗に治っていた。

よかった。女の子の肌に傷を残さなくて。


「【クリーン】」


 そして背中を汚していた血はクリーンで綺麗にした。

いまここには清潔な布はないため、これで我慢してもらうしかない。


「終わったよ」


 俺は三つ編み女子に背中を向けるとそう告げた。


「ありがとぅ……」


 三つ編み女子は小さくお礼を言って制服を着たのだろう、衣擦れの音が聞こえていた。

俺は、その音に集中しないようにと必死になって周囲を警戒していた。

制服を着終わった三つ編み女子が、着終わったという合図をする。


「せ……モゴモゴ」


「え?」


 三つ編み女子が何か言っていたが、良く聞こえなかった。

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