第53話 不協和音

「ただいまー」


 女子たちが帰ってきたが、何か隠している素振りだった。

俺はラキとの視覚共有で、女子たちが温泉に入りに行ったことを知っているが、それを言ってしまうと覗き――いや視覚共有がバレるので知らないふりを続けざるを得ない。

出来るだけそっち方向の話題になって欲しくない。

だが、こういった時に限って空気が読めないやつが現れる。


「なんで全員バスタオルを持っているんだ?」


「それに髪も濡れていないか?」


 雅やんと栄ちゃんだ。

バスタオルなんて重要アイテムを隠し忘れた女子も女子だが、こいつらも案外目先が利きやがる。

それに髪が濡れてるんじゃなくて風呂に入ったから艶があるんだよ。


「それに獲物はどうしたんだ?

蜘蛛に罠を仕掛けさせるのではなかったか?」


 ノブちんも余計なことを言う。

そういや、ノブちん、男子チームのリーダー格となって自信が付いたのか、以前のオタク口調が消えてるな。

人は環境により変わるものなんだな。


 しかし、女子チーム、狩りぐらい熟して隠蔽工作はしとけよ。

いや、クモクモに頼る気だったから、出来なかったのか。

クモクモはあれだけ酷使されたんだ。

罠なんか仕掛けられる余力は無かっただろう。


「今日は獲れなかった。それだけよ!」


 女子たちは覗かれないようにだろうか、温泉の存在は隠すつもりのようだ。

しかも、獲物を獲る前に温泉に入ったため、汚れるのが嫌だからクモクモを利用した狩りをしようとして、あてが外れたんだろう。

こうなってしまうと、女子の逆ギレが始まる。


「男子だって、獲物が獲れない時はあるよね?

なに? 女子が獲れなかったら文句を言うの?」


「そ、そういう訳じゃないんだな……」


 バスケ部女子の剣幕にノブちんも慌てる。

おろおろしてオタク口調に戻ってるし。


「ならば、明日は男子で獲物を獲って来てよ!」


 話のすり替えにより、バスタオルの件は有耶無耶になった。


「もう大丈夫かな?

転校生くん、ラキちゃん返すね。

ちょっと具合悪くなっちゃったの。

ごめんね」


「ごめんね、クモクモ。

クモクモも返す。

クモクモに頑張らせ過ぎた。転校生くんごめんね」


 三つ編み女子と裁縫女子が空気の悪くなった現場から抜け出して俺の眷属たちを返還する。

預かった眷属の体調を悪くしたことを気にして謝罪もしてくれたのだが……。

ちょっと貸出しに制限を設けた方が良いかもしれないな。

俺の命のためにも視覚共有は危険だしな。


「じゃあ、明日は僕たち男子で狩りに行ってくるんだな」


「何なら女子と競争でもいいんだぞ!」


 ノブちんが男子で狩りに行くと言ったところに、雅やんが女子を煽ってしまった。

雅やんもレベルが上がって実力がついてから、ハッキリとものを言うようになった。

最早ヤンキーに毒見をさせられていたカースト最底辺の彼ではないのだ。

だが、今回はその強気が裏目に出てしまっている。


「望むところよ!」


 バスケ部女子も今日はサボって温泉だったために、後ろめたさもあって引くに引けなかったようだ。

バレー部女子も動けるようになったことで、明日は男子と女子に分かれて獲物を狩りに行くことになってしまった。


 ◇


 そして一夜明け、男子と女子で狩りに行く日。


「あれ? 男子は?」


 俺がクモクモとキャピコの世話をしていると、いつのまにか男子が出発していた。

確かに前回俺は女子チームに入れられて活動したが、今回は違うと思っていた。

まさか俺は今回も女子チームなのか?


「もう行っちゃったんじゃないの?」


「早く追いかけた方が良いよ」


 どうやら今回俺は男子チームという認識らしい。

おそらく俺を女子チームに入れたのでは帰りに温泉に寄れないという思惑だろう。


「じゃあ、鶏の番はラキにさせて俺も行くとするよ」


「また、クモクモを貸してくれないかな?」


 運動部系女子に背中を押されて、裁縫女子が遠慮がちにクモクモを貸してくれと言う。

どうやら裁縫女子は運動部系女子の意向を代理して言っているようだ。

だが、その望みを叶えてあげることは出来ない。


「残念、クモクモは腹が減って狩りに行っちゃったよ。

昨日働き過ぎたんだよ。だからラキが拠点で留守番だ」


 クモクモが留守番に使えないとなるとラキを残すしかないのだが、彼女たちはまだラキが魔物から守ってくれていることを知らない。

クモクモを連れて行くという判断になるのも当然か。


 今回、初めて全員で拠点を留守にすることになる。

鶏だけでは不安なので、俺はキャピコとクモクモに拠点の留守を頼もうと思っていた。

当然、女子たちの護衛にラキを付けるつもりだった。

しかし、クモクモは昨日の酷使で腹が減ったのか、単独で狩りに出かけてしまっていた。

そう伝えたところ、運動部系女子も裁縫女子もバツが悪そうな顔をしている。

自分たちのせいで連れて行けなくなったのだ。

それに伴い、ラキも連れて行けなくなった。


「マジかよ」

「「えーー、そうなの?」」


 運動部系女子が、あてが外れたと嘆く。

クモクモを昨日言ってたように罠で使いたかったようだが、さすがに昨日の酷使のせいとなれば、引き下がらざるを得ない。

三つ編み女子は、ラキを連れて行きたかったようだが、さすがにまた温泉で視覚共有が解除出来なかったら危険だ。

ここは留守番ということでラキも残す。

いや、鶏と人とどっちが大事なんだというところだろうが、女子には少し思い通りに行かないこともあると知ってもらった方が良いかと思ったのだ。

ちょっと眷属の酷使が度を越してきている。

この時俺は、少しぐらいお灸をすえても良いだろうと思ったのだ。


「鶏だけ残して魔物に拠点を襲われたら嫌だろ?」


「それはそうだけど……仕方ないか」


 三つ編み女子と裁縫女子ならば、そこまで強引にラキやクモクモを連れて行ったりはしない。

ここに運動部系女子の思惑が入ると強引さが出るようだ。

2人も他の女子からの要請を断り切れないところがあるようだが、今回は諦めてくれた。


 運動部系女子も、そこまで強引には出て来はしないのだ。

むしろ、俺が断ったことを意外に思っているフシもある。

要求が通ると、いつかそれが当たり前になり、遠慮がなってくなることがある。

クモクモが酷使される前に俺がこうしておけば良かったのだ。


 俺はクソ親父のこともあって、どうやら人との関係が切れることを意識しすぎているようだ。

逆に関係が切れた時のダメージの大きさを考え、深い関係になることも避けていたかもしれない。

人間関係が切れてしまうことにトラウマを感じて、必要以上に気を使いすぎていたような気がする。

断るべきところは断った方が、クモクモに負担をかけずに済んだと思うと、少し態度を変えていくべきだと感じていたのだ。

今回は理由を付けてだけど、断ることが出来た。

これがクソ親父の呪縛から逃れる第一歩になるのかもしれない。


「じゃあ、は男子チームを追うよ」


 そうは言ったが、これから俺は単独行動をしようと思っていた。

自分の力でどれだけやれるか、それにより拠点を出る期日を決めようと思ったのだ。

マドンナから聞いた、拠点に居座ってレベル上げを重視しようという者たちというのは、ノブちんたち男子チームのことらしい。

委員長のこともあるが、慎重にならざるを得ないのはわからなくもない。

となると近日中にでも女子と男子が分裂しかねない。

俺は一応女子チームに誘われているが、それは俺の戦闘力に期待してのことだ。

守り切るだけの力も無いのに、拠点を離れるわけにはいかない。

それを見極めようと俺は思っていたのだ。

戦力を充実させるには、眷属の力も重要だ。

また、嫌がられないように、どこかで新たな卵を召喚しておくつもりなのだ。

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