第52話 そっちを向いたらダメだ!

 女子たちを送り出した後は、ラキと念話を繋げて視界を共有する。

これで覗け――ではなく見守ることが出来るのだ。

相変わらずラキは三つ編み女子の胸に収まっているようだ。

三つ編み女子も慣れたもので、ラキが視界を得たいとすることを承知していて前方が見えるように位置取りしてくれている。


『本当に大丈夫なの?』


『うん、周辺には魔物の気配も無かったよ』


『心配ならば、半分に分かれて順番で入れば・・・良いよ』


『そうね、半数が見張りで半数が入れば・・・安心ね』


『男子には悪いけど、【クリーン】だけじゃ物足りないのよね』


 どうやら女子が何かを見つけて入りに・・・行っているようだ。


『まさか木の実採取でみつけるなんてね』


『ここらへんは火山地帯でもないのに、なんであるんだろうね?』


『その代わり火山性ガスの心配がないんだから気にしたら負けよ』


 火山性ガス? まさかあれを見つけたのか?

だとするとこのまま視界を共有するのは危険だ。


『クモクモ、タオルとバス・・タオルを頼むね』


 このセリフで俺は全てを理解した。

女子チームは温泉をみつけて入りに行ったのだ。

だが、このままでは拙い。マジで覗きになってしまう。

そう思って視覚共有を解除しようとしたのだが……。


「解除できないだと!」


 俺は人生最大の幸運と人生最大の危機を同時に迎えることとなった。


 ◇


『ここよ』


『うわー広いね』


 そこには湯気の立った温泉が存在していた。

まるで誰かが人工的に作ったかのような石組みで湯舟が出来ている。

そこへ岩の間から湧き出る温泉がかけ流しになっている。

流れ込む湯は透明に見える。


『ちょっと熱めの丁度良い温度だよ』


『うめる水がないから有難いね』


 人が入ると多少温度が下がるので、熱めの方が良いというが、かけ流しの場合は温度変化があまりない。

熱いのが苦手な人は入りにくい温度かもしれない。


『こっちに岩の台があるよ』


『まるで脱衣所だね』


『じゃあ、脱いじゃおうか』


 声だけが聞こえてくる。

どうやら組み分けは終わっていたようだ。

幸いなのか三つ編み女子は後から入る組になったようだ。

だが、三つ編み女子がそっちを向いたらアウトだ。


『わー、気持ち良いね』


『こらこら、かけ湯して入りなさいよ』


『バレー部ちゃん、胸大きい』


 そこには桃源郷があるようだ。

だが、三つ編み女子は真面目に周辺警戒をしているので、温泉の様子は見えない。

むしろ後が怖いのでそれで正解です。


『なにこれ! すごい吸水性』


『クモクモありがとう』


 どうやら第1班の入浴が終わったようだ。

クモクモからバスタオルをもらって拭いているようだ。

それでクモクモを連れて行ったのか。

人数分8人のバスタオルとなると……。

クモクモ、酷使されているな。

1日で50cm×200cmだったもんな。

4日分の酷使か?


『じゃあ、交代しようか』


 ついに三つ編み女子たちの順番になったようだ。

拙い。これだけはアウトだ。

もしバレたら確実に殺される。

三つ編み女子、そっちを向いたらダメだ!


「なぜ視界が遮断できない!」


 この世界、謎の湯気や謎の光線が入る可能性は低い。

俺の人生が終わりを迎える……。


『ラキちゃんはここで待っててね』


 三つ編み女子がラキを胸元から出して岩の上に置いた。

その方向は温泉や脱衣所からは逆の方向だった。

俺は辛うじて命を繋ぎ止めることが出来た。


『じゃあ、ラキちゃん、一緒に入ろうか』


 終わった。

こうなったら開き直って堪能するしかない。

ラキは三つ編み女子の胸部装甲に生で挟まれて前方を向いているようだ。


『みんな早いよー』


 ラキが洗い場に置かれる。

助かった。その方向は辛うじて誰も見えない方向だった。

三つ編み女子はかけ湯をしているところのようだ。

お湯を掬ってかける音しかしない。


『ラキちゃんもかけ湯しようね』


 ラキの視界にお湯がかかる。

ラキは逃げようとしているのか幸いにも三つ編み女子の方は向いていない。

いや幸いなのか?


『じゃあ入ろう』


 またもやラキは抱き上げられて胸部装甲に生で挟まれた。

左右に視線を向ければ見えてしまうだろう。

だが、危機はそれだけではない。

その視線が動く先には温泉の湯舟がある。

そこには3人の同級生女子が入っているのだ。


『三つ編みちゃん、遅いよ』


 そのバスケ部女子の声に三つ編み女子が視線を向ける。

つまりラキもそっちを向く。

終わった……そう思ったものの、そこには乳白色の湯に浸かったバスケ部女子の肩から上が見えているだけだった。

温泉の泉質グッジョブ。

湯舟に注がれていたお湯は透明だったが、湯舟に溜まると乳白色になるやつだった。

男として見えなかったことに残念な気持ちはあるが、後のことを考えたら本当に助かった。


 三つ編み女子もバスケ部女子の隣に入って温泉を堪能した。

ラキは三つ編み女子に支えられて顔だけ水面から出ているようだ。


『のぼせちゃうね』


『じゃあ、私たちは先に出るね』


『お先に』


『うん』


 そう声が聞こえる。

バスケ部女子と裁縫女子、そしてマドンナが湯舟から出ようとしいるようだ。

そのまま出て脱衣所に進むと、三つ編み女子、つまりラキの視界に彼女たち3人が入り裸が見えてしまう。

終わった。もう堪能するしかない。


 そう思った瞬間、俺とラキの視界共有がブチンと切れた。


『キャー、ラキちゃん、大丈夫?』


 どうやら変温動物(転校生がそう思っているだけかもしれない)のラキがあっさりのぼせたようだ。

おかげで俺の命は助かったようだ。

いや、見えていなかったという証明が出来ないぞ?

ラキとの視界共有は絶対にバレてはならなかった。

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