第44話 風呂なんて無いかもしれないよ?

 マドンナの参加を理由に断るつもりが、なぜか乗り気なマドンナのせいで、俺は委員長の捜索に向かわなければならなくなった。

ここで嫌だと断ることも出来るだろうが、なんとなくマドンナの動機が知りたくなって、俺は捜索に向かうことに決めた。

もちろん、安全第一であり、委員長が向かったという旧キャンプ地方向を遠目で見るだけで帰ってくるつもりだ。


「三つ編み女子、ラキを返して……」


 俺は「ラキを返してくれ」と言おうとしてその先を口籠った。

三つ編み女子がまたラキを胸元に入れていたのだ。

その温もりと匂いの移ったラキを寄越せと言うのは、結構ハードルが高い。

おのれ変温動物(竜がそうとは限らない)。良い思いしやがって。


「いや、いいや」


 きょとんとする三つ編み女子にラキを任せて、俺とマドンナは拠点を出て委員長の捜索に向った。

ラキがいないと拠点が心配だから残すんだからね。



 ◇



「少しお話しても良いかな?」


 しばらく進んだところで、マドンナが俺の前に回って顔を覗き込むようにして話しかけてきた。

クラスナンバー1の美貌でそれをやられたら、男は誰もがYESと答えるだろう。

あざとい。

どうやら、マドンナは俺と話がしたくて同行に同意したようだ。


「ああ、まだ旧キャンプ地には着かないから、歩きながらで良ければ」


「そこで座って話すのは嫌?」


 いや、俺たちは一応、委員長の捜索に来ているんだが?

まあ、良いけど。

マドンナが指さす先はどう見ても二人寄り添わなければ座れない倒木だしな。


「いいけど?」


 するとマドンナはその倒木の真ん中に腰かけた。

おい、俺の座る場所は!

俺の小さな望みはあっさり潰えてしまった。


「転校生くんは、今の状況をどう思う?」


「どうって?」


 俺にはマドンナが何を言いたいのか解らなかった。

だが判明したこともあった。

バスケ部女子までもがマドンナの捜索行きに同意したのは、これ絡みで何かを訊いてくるように示し合わせていたからか。

たまたま俺が指名したからマドンナになっただけで、もしかしたら三つ編み女子の提案したように、レベル順でバスケ部女子が来る可能性もあったのか。


「拠点が出来たことで、皆そこで落ち着いてしまってないかしら」


 そういうことか。

マドンナはこの森の中に長くいることが不安なんだ。

だけど、なんで俺に?


「今はバレー部女子の回復を待つ必要があるから拠点に頼るのも仕方ない。

だが、は、その後でなら拠点を捨てて街を目指すつもりだぞ」


「ふーん、そうなんだ。

でも、何人かはあそこで安全に生活出来るのならば、もっとレベルを上げてから動こうと思っている人もいるよ。

そうなるとまたグループを分けることになるかもね」


 まあ、俺は基本どっちでも良い。

あの集団から抜けて一人でも良いと思っていたからな。

まあ、今はメガネ女子や三つ編み女子が心配だから残るだろうけど。


「マドンナさんの意見は?」


 まあ、そこは俺がどう思っていても関係がない。

グループを分けるのは集団の意志だろうからな。

マドンナ自身はどうしたいのだろう。


「私は、直ぐにでも文明的なところに行きたいわ」


 そう言って、マドンナは自分の長い髪をいじりだした。

その綺麗なはずだった髪は薄汚れ痛んでいた。


 ああ、そうか。皆もう何日も風呂に入っていないのだ。

マドンナみたいな美人にはそろそろ耐えられないのだろう。

だからあえて隣に座って欲しくないと倒木の真ん中に座ったんだな。

女子は男子に臭いなんて思われたくないんだろうな。


「ここが、どのような文明レベルかわからないから、街に行けても風呂なんて無いかもしれいないよ?」


「え!?」


 マドンナは俺の言葉に驚愕で目を見開いた。

何その反応。まさか中世ヨーロッパでは滅多に風呂に入らないから香水文化が発達したって知らないのか?

しかも、庶民は水浴びか濡れた布で身体を拭く程度ということもある。

ここがラノベで良くある中世ヨーロッパ+魔法文明の場合、そうである確率は高いと思うんだが……。

そういやマドンナはラノベみたいな話には疎いんだったわ。


「ま、今はこれで我慢してくれ。【クリーン】」


 俺は生活魔法の【クリーン】をマドンナにかけてあげた。

彼女の全身を魔法の光が包むと汚れが取り去られ綺麗になった。

自慢の髪も綺麗に輝いて天使の輪が見える。


 この世界、この生活魔法があるおかげで庶民は風呂に入らない可能性が高い。

この魔法をどれぐらいの割合で使える人がいるかは不明だが、家族に一人がこれを使えれば風呂いらずなのだ。

風呂に入るのは王侯貴族の贅沢だけかもしれないんだぞ。


「え? なにこれ?」


「生活魔法の【クリーン】だよ。

さっぱりしただろう?」


 俺がそう言うとマドンナは顔を俯いてブツブツ何か言い出した。


「……」


「ん?」


「……ずるい」


「え?」


「ずるいって言ったの!」


 なんでキレられてるのかわかりません。

俺が【クリーン】でゴブリンの血の跡とかを綺麗にしてたの見てたよね?

しかも生活魔法だよ? これをチートずると言われるとは思わなかった。


「そんな便利な魔法があるなら、女の子には教えてよ!」


 どうやら、拠点内での生活改善に目途が立ったようです。

マドンナたち女子連中は、街に向かうなら、俺と一緒の方が安全だと思っていたらしい。

だから、俺を誘って街に行こうと提案したかったのだと。

おい、委員長捜索はどこいった?

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