第19話 魔物に襲撃された

 その日の夜、俺たちは大きなミスをしたことに気付いた。


ガンガンガンガン


 突然金属を打ち鳴らすような音が聞こえて俺は目を覚ました。


「襲撃!」


 そう声を上げたのはサッカー部女子だった。

彼女は2番目の見張り班だった。

その警告の声に俺たちは雑魚寝状態から飛び起きた。


 サッカー部女子が警戒している方を見ると、そこには闇夜の中に無数の赤い光点が見えた。

数は……数えきれないほど。


「囲まれてはいないようだ」


 委員長が目ざとく周囲を観察して報告する。

良かった。群でも統率されていて集団で狩りをするような魔物ではないらしい。

まあ、囲まれにくそうな立地でキャンプをしていたので、そのおかげかもしれないが。


「あそこ、猪の内臓や血を処理し埋めた場所!」


 三つ編み女子が叫ぶ。

魔物の一部はそこを掘って何やら漁っている。

どうやらその臭いで魔物が寄って来たようだ。

バレー部女子を動かせないなら、猪の処理は遠くでするべきだった。

奴らはその生ゴミだけでは満足せず、こちらを美味しい獲物と認識したようだ。


「戦える者を前に出して、後の者は援護だ」


 委員長が【統率】を発揮する。

彼のスキルは人を支配することよりも、指揮することに重きが置かれているらしい。

軍師的な役割であり、その知識が頭に浮かぶのだとか。

どうやらカリスマリーダーとは違うようだ。


 ノブちん、俺、雅やん、バスケ部女子、サッカー部女子が前に出る。

そして攻撃魔法の使えるせっちんと腐ーちゃんが後ろに控える。

その後ろに委員長、丸くん、栄ちゃん、貴坊が石を手に持って続く。

三つ編み女子、メガネ女子、裁縫女子とマドンナは、動けないバレー部女子の周囲を固めた。

極端に前衛が少ないのは、ヤンキーどもがその役だったからだ。

尤も、一緒に居たとしても、奴らは自分たちしか守らなかっただろうが……。


 武器はゴブリンが落としたものしか存在していない。

ノブちんが盾と丸太、雅やんとバスケ部女子がこん棒、俺が短剣、サッカー部女子は素手というか足が武器だ。

ゴブリンナイフがあったのだが、それは三つ編み女子の包丁になった。

さすがに食べ物専用にしようということになったのだが、いざという時にはそれで身を守るしかない。


「来る!」


 委員長、丸くん、栄ちゃん、貴坊が石を魔物に投げつけて突進を妨害する。

その意図は成功して、魔物は統率を乱しバラけたように見えた。


「おう、来い!」


 ノブちんがタンクとしてヘイトを集める。

彼のスキルはその脂肪で防御するというものだった。

ゴブリン程度の攻撃ならば、跳ね返す能力があった。


「ファイヤ!」


 せっちんの火魔法が撃ち込まれ、あたりに炎の光が溢れる。

暗闇だった戦場は、やっと魔物の正体を識別できるまでに明るくなった。


 ノブちんが盾で止めた魔物はゴブリンだった。

こん棒を持ち、それをノブちんの盾に振り下ろしていた。

そのゴブリンの左右の脇からも2体のゴブリンがノブちんを狙う。


「させるか!」


 その左右のゴブリンは、俺とバスケ部女子とで対応する。

俺は剣で斬り捨て、バスケ部女子はこん棒の一撃でゴブリンの頭を砕いた。

二人とも身体強化のスキルを持っているため、最早ゴブリンは敵ではなかった。


「それ以上前には出ないで! 腐蝕魔法!」


 ノブちんが盾で止めているゴブリンの後ろに魔法陣が展開し、紫色の煙が30cmほど立ち昇り、ゴブリンどもの脚を襲った。


『ぐぎゃ、ぐぎゃ、ぎゃーー』


 するとその紫の煙がゴブリンどもの脚を腐蝕させ歩くことも儘ならなくさせた。


「好機! 殲滅してしまおう!」


 バスケ部女子が前に出ようとする。

だが、俺はあえて彼女を止めた。


「待て、こいつらは既に無力化された。

後で皆に経験値を積ませるために残そう。

俺たちは動ける奴を殲滅だ。

それは俺たちしか出来ないことだ」


「そうか、そうだな」


 腐ーちゃんの腐蝕魔法は強力な範囲攻撃だった。

魔物を殲滅出来るわけではないが、行動不能にさせただけで有難かった。

動けなくなったならば、そこで脅威は取り除かれているのだ。

後で止めを刺せばよい。

俺はそれを経験値不足でレベルの上がっていない同級生たちに分けるべきだと思っていた。

バスケ部女子も俺の思惑に同調してくれた。

なぜなら、もしレベル2で【身体強化】のスキルが必ずもらえるならば、それを全員が取れば今後が有利になるからだ。

ゴブリンを一撃で倒せるようになれば、それだけ委員長グループの安全が確保できる。


 せっちんの火魔法攻撃に援護されながら、俺とバスケ部女子は脇にまわったゴブリンをそれぞれ手分けして倒して行った。

俺が6体、バスケ部女子が5体倒したところで、後は腐ーちゃんに脚をやられて無力化されたゴブリン7体のみとなった。

ちなみにノブちんが盾で抑えていたゴブリン1体は、ノブちん自身により倒されていた。

雅やんとサッカー部女子もノブちんが抑えていたゴブリンを1体ずつ討伐している。

合計21体。腐ーちゃんの腐蝕魔法に助けられたから良かったけど、あの範囲攻撃が効かないようなバラけて行動する魔物だったら危なかった。


「委員長、皆1体ずつゴブリンを倒してレベルを上げて欲しい」


「そうだな、身を守るためにやるしかないな」


 委員長含めて、生き物を殺すことに忌避感があるのは日本人として当然だろう。

ヤンキーどものように、楽しみながら暴力を振るえる方がおかしいのだ。

奴らはゴブリンを鶏を絞めるが如く何の躊躇もなく倒せるのだ。

ある意味、この世界では得難い資質だ。


 まず委員長が雅やんのこん棒を借りてゴブリンに対峙する。

ゴブリンは両足首から先がボロボロに腐蝕して倒れ込んでいた。

その頭が委員長のつま先の前にあった。

何度か躊躇いながらも目を瞑ってゴブリンの頭にこん棒を振り下ろす。


「えい、えい!」


 スイカ割りか!

目を瞑ってこん棒を振り下ろす様子が夏の風物詩に似ていた。

スイカが割れて赤い中身が見えたら終了だ。

うわ、えげつな。


「うーん、棍棒はハードル高くないか?

剣で心臓を一突きという方がまだ簡単では?」


 俺は自分の短剣を次に待機していた丸くんに渡す。

俺は補助として短剣の先をゴブリンの胸に宛がう。


「このまま体重をかければ終わる」


 俺の指示に従い丸くんが体重をかける。


「ぐぎゃ!」


 そう一声発するとゴブリンは息絶えた。


「案外簡単だった」


 丸くんはどうやら人型の魔物を殺した忌避感はなかったようだ。

俺が殺しを作業にしてあげたこともあるのか。


 続けて、栄ちゃん、貴坊、メガネ女子と刺したところでゴブリンがあと2体となった。

ちなみに女子でメガネ女子だけが先に出来た理由は、他の女子がビビって譲り合ってしまったからだった。

あまり躊躇しなかったメガネ女子が先にサクっとやれただけなのだ。

ここまでゴブリンに止めを刺した全員がレベルアップ出来ていた。

その恩恵は計り知れなかった。


 戦闘に参加しなかった同級生は、あとは三つ編み女子、マドンナ、裁縫女子とバレー部女子だった。


「ここはバレー部女子とマドンナに譲って欲しい」


 委員長が後の事を考えてそう提案した。

戦闘職のバレー部女子はまだしも、マドンナは「なんで?」という顔で委員長を見つめた。


「この後も、襲撃はあるだろう。

その時にバレー部女子ならば、戦闘スキル所持のため、積極的に戦いに参加せざるを得ないだろう。

マドンナはそんな皆が負傷した時に回復魔法で手当をして欲しい。

そのためにはレベルを上げていた方が有利なんだ」


 その委員長の説得にマドンナも嫌とは言えなくなった。


「わかった。

レベル2になれば、私も役に立てる」


 バレー部女子は貧血気味なだけであり、戦う意思は充分にあったため、自らゴブリンを刺した。


「えー、待って、いやいや、それは……」


 マドンナは三つ編み女子に引き摺られるようにゴブリンの所に連れていかれ、そのまま二人でケーキ入刀のように共同作業を行った。


「あ、私もレベルアップした?」


 たまたま経験値が溜まっていたようで、マドンナも三つ編み女子も二人ともレベルアップに成功した。

運が良かった。二人に経験値が分散され、二人ともレベルアップしない可能性もあったのだ。

おそらく、マドンナは回復魔法を使った経験値が、三つ編み女子は猪を料理した経験値が溜まっていたのだろう。


「えーーっ? つまり、レベルアップ出来ていないのは、私だけ?」


 俺、ノブちん、雅やん、サッカー部女子、腐ーちゃん、せっちんはレベル1つ、バスケ部女子は2つ上がっている。

裁縫女子だけが取り残されてしまった。

彼女には早急にゴブリンを確保してあげなければならないな。


 こうして今夜の危機は去った。

しかし、このままここをキャンプ地にし続けるのはリスクが高いかもしれなかった。

バレー部女子が回復するまでなのだが、少しキャンプ地を移動させるべきかもしれない。

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