第20話 キャンプ地を移そう

 俺たちは、意外にも危なげなくゴブリンの群、21体を迎撃出来た。

このことにより、ちょっと拙い空気が委員長グループ内で蔓延していた。


「ゴブリンなら、楽勝だってわかったな」


 レベルが上がって上機嫌な委員長が楽観論を展開する。


「次は身体強化もかかるから、もっと楽に狩れるはずだよね」


 雅やんも自力でゴブリンを1体狩れたので、次はもっと狩れると主張する。


「いっそ、ここを狩場にしてレベルアップしちゃおうか」


 サッカー部女子も乗り気だ。

また臓物の臭いで魔物がやって来るなら、一網打尽にして経験値を稼ごうというのだ。


「そうですよ。私だけレベルアップ出来なかったんだからね」


 自分だけレベルが置いて行かれている裁縫女子も、あんなに楽にレベルアップするならば自分もと要求してくる。


 これは拙い空気だ。

今回はゴブリンの群だったが、群といっても連携が取れていなかったから勝てただけだ。

これがもし群で狩りをするウルフ系の魔物であれば、攪乱され隙を突かれ、後ろに守っていた弱点――このグループの一番弱い部分である非戦闘員――を攻撃されていたかもしれなかった。

次はもっと上手くやれるなど、幻想にすぎない。

数がもっと多かったら? 相手がゴブリンより強い魔物だったら?

楽観論など、簡単に吹っ飛んでしまう。


「今回は運が良かっただけ。

相手がゴブリン1体でも、バレーちゃんは怪我をしたよね?」


 そう、バレー部女子は不意の遭遇で怪我を負った。

意識の外から攻撃されることが、どれだけ危険なのかの良い例だった。

連携のとれる魔物は、そういった隙を群れ全体の動きで作り出して攻撃してくるのだ。


「ここはゴブリンの血の臭いが蔓延しすぎた。

次はウルフ系魔物が来るかも知れないんだ。

なるべく早く離れた方が良い」


「「「「「!」」」」」


 俺の指摘に何人かの同級生は拙い状況だと気付いた。


「そうだな。次はもっと強い魔物が引き付けられて来るかも知れないのだよな……」


 俺から次はウルフ系魔物かもと言われ、委員長が現実に戻って来たようだ。


「今から移動するの? 夜中だよ?」


 裁縫女子が夜中の移動に不安を覚えて訊ねる。


「夜中だから危ないともいえる。

この血の臭いは、夜行性の肉食獣を引き付けかねない」


 委員長は、最初は浮かれていたが、ウルフ系と聞かされてその危険性を理解したようだ。


「火耐性のあるせっちんに焚火の薪を持ってもらって明かりにしよう」


 焚火はほとんど薪に火が回っており、その根元の燃えていない部分を持ったとしても火傷は免れなかった。

ただし、せっちんの火耐性の能力ならば、火傷せずに持ち運べた。

委員長は、仲間のスキルを頭に入れて、最適な人選をしていた。


「予備の薪を皆で分担して持ってもらって、移動先でも速やかに焚火を出来るようにしておこう」


「私たちは戦えないから薪を持つわ」


 委員長の指示にメガネ女子、裁縫女子、三つ編み女子、マドンナの4人が立候補する。

夜中の移動だ。不意の遭遇で戦闘職の手が塞がっていて戦えないと拙いのだ。


「ゴブリンが持っていた武器は回収するべき」


 サッカー部女子の提案は尤もだった。

石を投げていた同級生も武器を持てば戦力となる。


「戦闘に慣れたメンバーは、刃物があれば、棍棒と交換した方が良いな。

後は適正で選ぶか、ナイフは別の用途で使えるので、拾っておこう」


 ゴブリンは短剣2とナイフ9、棍棒6、盾3、槍2を持っていた。

状態の良い盾はノブちんへ。古い盾と交換となった。

短剣は俺が元々装備していたので辞退し、バスケ部女子、サッカー部女子が持つことになった。

ちなみに、この世界で言う短剣とは長剣より短いという意味の短剣だ。

短剣と言っても刃渡りは40cmぐらいある。

槍は雅やんと委員長が装備した。

ナイフは9本あったので、俺、バスケ部女子、ノブちん、委員長、魔法系の腐ーちゃんとせっちん、そして非戦闘系の女子3人で持つことになった。

三つ編み女子は俺からナイフを貰って包丁として持っているので除外だ。

その他、バレー部女子を覗く3人――貴坊、丸くん、栄ちゃん――は棍棒装備だ。


 盾装備がノブちんのみなのは、ノブちんはスキルにより盾との相性が良く、レベル1から使いこなしているからだ。

他のものではレベル2程度では扱いが難しいのだ。

へたに両手が塞がるよりも、もしもの時に転んでも手をついて身を庇うといった安全を考慮した結果だった。

そして、歩けないバレー部女子を運ぶためには、余計な荷物は持てなかったのだ。


 そう、余計な荷物。

俺はこっそり召喚していた卵を持っていた。

トカゲ卵Lv.2のダチョウの卵大のやつだ。

これが半日程度で孵ると思っていたら、2日近く経つがまだ孵らないのだ。


 皆にはそんなものがあったのかと突っ込まれた。主に食用として。

だが、これは食用ではないため、食べられないと説明すると一気に興味が失せたようだ。

委員長がそっとレジ袋を渡してくれたため、卵を入れて腰にぶら下げた。

これで片手が卵で塞がることはなくなった。

ありがたいことだ。

なんだか、皆との間に疎外感のあった俺だが、少しずつ同級生たちに受け入れられつつあるようだ。

尤も、疎外感の原因はヤンキーどもなので、あちらとは未だ疎外感MAXだった。


「よし準備できたな。出発する」


 俺たちは着の身着のままなので、武器を手にするだけで準備完了だ。

バレー部女子は、男子の補助を恥ずかしがった――男子と身体を触れ合いたくないお年頃なので、身体強化の出来る非戦闘系女子2人が交代で肩を貸すことになった。


「ちょっと待って!」


 委員長の掛け声でこの場を後にしようとした時、貴坊から待ったがかかった。

どうやら予知のスキルが反応したらしい。

そういえば貴坊の【予知】もレベルアップで進化していることだろう。


「そっちは危険だと【予知】に出たよ。こっちへ」


 レベル1の時の貴坊の予知は、外れることが多かった。

そのため、委員長が少し難色を示す。

委員長が示したルートは川の下流を目指す正規ルートだったからだ。


「うん、貴坊の言う通りよ。

血の臭いで夜行性の肉食獣がやって来るならば、風上に向かわないと」


 メガネ女子のスキル【知識の泉】が反応したようだ。

それは誰もが納得できる理由だった。

どうやら貴坊の予知も正解率が上がっているようだ。


 血の臭いはこの場から風下へと拡散していく。

つまり、風下に向かうと、その血の臭いに誘われて来る魔物や獣と鉢合わせになりかねないのだ。


「確かにその通りだ。

一時的なキャンプ地の移動だし、風上に向かおう」


 委員長は自らのプライドに拘ることなく、他人の意見も汲んでくれる良い奴だ。

委員長の号令で夜中の移動が始まった。

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