第24話

「たーだいま! 疲れたよ〜」


 いつも通り、少ししてからドアの向こうから駆けてきた星海を受け止め、抱き上げてリビングに入る。


「輝祈はお部屋?」


「うんん。帰ってきてないよ」


「え? 先に帰って来てたハダリーも?」


「ハダリーはパパが帰って来るちょっと前に輝祈ねぇ探すって行っちゃったよ」


「そっかそっか。ありがと、よくお留守番できたね。えらいえらい」


「星海もうお姉さんだからなんでも出来るよ!」


 笑顔で頷きながら星海の頭を撫で、スマホでハダリーを呼び出す。

 3度繰り返されたコールの後にハダリーが着信に応じるが、エンジン音と籠った声が返って来る。


「どうしましたか」


「星海を家に1人にしないの。それと、どこ行っちゃったの? 君も輝祈も」


「申し訳ありません。鈴華様の帰宅時間に合わせ2分前に出たつもりでしたが、今後は無いようにします。私は所在不明の輝祈様を探してます」


「やっぱり居なくなっちゃったんだ。心当たりの場所は?」


 いつにも増して一切の不真面目さの混じっていない言葉遣いと声に、予想していたよりも少しだけ緊張感が走る。初めての事態に動じないハダリーも流石に焦っているのか、エンジン音が小さくはなるものの止まることがなかった。


「今は出来るだけ街頭の少ない周辺の裏道を回っていますが、心当たりは全くありません」


「分かったありがと、とりあえず続けてほしい! 私は秋華に電話してみる」


 今度は秋華に電話を掛けてみるも、応じたのは呂律の回っていない陽気な声だった。


「今飲んでんだけど──」


「9時……攫われたとかじゃないよね、どこ行っちゃったんたんだろ」


 普段行く場所とは違い、お店が閉まり始める時間の行動は皆目見当もつかない。そのためハダリーも周辺を回っているのだろうが、それも年齢を考えればもう少し遠くへ行きそうな気もする。

 首から下げた指輪を握りしめて輝祈が無事な事を祈り、ハダリーからの連絡をいつでも受けられるように常にスマホを握る。


「きた!」


 手の中で震えたスマホをすぐに表を向けて画面を見ると、非通知からの着信だった。


「パパ! これやりたい!」


 テレビの中で歌う人気学生アーティストを指さす星海にうやむやに返事を返し、リビングから移動して応じる。


「もしもし、神楽です」


「突然のお電話失礼します、こうです」


「双子の方の」


「そうです、覚えてくださってありがとうございます」


 相変わらずの物腰の柔らかさを声だけで感じさせられる、おっとりとしたふわふわとした話し方で、それに乗せられて少しだけ落ち着きを取り戻す。


「突然お電話させて頂いたのは。輝祈ちゃんのことでして」


「輝祈。はい、輝祈のことですか」


「どうも家出をされたようで、うちの娘たちが連れて帰って来てしまって。うちの娘たちからも私に連絡が無かったので、お伝えするのが遅くなってしまってすみません」


「いえ、こちらの方が謝らないといけないのに。うちの輝祈がご迷惑をおかけして、本当にすみません。また都合の良い時にお詫びに伺わせていただきます」


 とりあえずほっとし過ぎてそのまま床に座り込み、力が抜けた足を膝に抱え、おでこを膝にくっつけて通話の切れたスマホを持つ手をゆっくり下げる。

 次にハダリーに伝えるために電話をかけると、すぐ玄関の近くから聞こえてきた。開かれたドアの向こうにヘルメットを抱えたハダリーが立っていて、鍵も掛けずに靴を脱ぎ捨てて崩れ落ちるように抱きしめられる。


「本当に良かったっす。見つかったんすから、そんな死にそうな顔やめてください」


 少し痛いくらい強めに抱きしめてくるハダリーから、何か力を受け取ったみたいに涙が引っ込んだが、しばらく肩から顔を上げることが出来なかった。バタバタと音を立てて暗い廊下で抱き合う2人を、不思議な顔で星海は見ていたが、ハダリーの伸ばした右手を取ると、抱き寄せられて3人で暗い廊下で固まるという、不可思議な構図が生まれる。


「よく聞いてほしいんで、よく聞こえる今言うっす」


「痛いハダリー」


「うん。お願いハダリー」


「ひとりじゃ生きれないっすけど、家族だったら大丈夫っす。これが私がグレイに引き取られて、知ったことなんで、間違いないと思うんで」


「うん。じゃあ間違いないね。ね? 星海」


「パパと輝祈ねぇとハダリーが居れば大丈夫なの?」


「ハダリーがそう言うんだから、絶対大丈夫だよ。皆でひとつの家族なんだから、また輝祈にも教えてあげてね」


「大丈夫っす。家族が居れさえ居れば、まだ地獄じゃない」


「よし、復活!」


 抱きしめていた2人ごと持ち上げて復活を高らかに宣言して立ち上がり、抱き上げた星海に頭を撫でられる。


「ありがと。星海が居るからもう大丈夫!」

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