第23話

「毎回ありがとう鈴華。あんなに下手だったお前が連覇なんて本当に驚いたよ」


「毎回運が良いだけだよ、まだまだ納得してないし。あ、ネギ! うちのデビュー間近のスタイリスト」


 足音を立てない小走りで飛んで来たネギが何度も会釈しながら隣に立ち、誰? という顔で顔をちらちら見てくる。


「美容学校の時の同期で、学生大会でも強かったくらくんだよ」


「君がネギか。こいつ厳しいだろ」


「そーっすね、人の心を持ってないです」


「ネーギー? ──冗談。甘いより厳しくの方が気付くし、そう言う信念なんですー」


「怒らせるなよこう言うのは、めちゃくちゃ怖いぞー」


 2人で店を出ようと荷物を持ち上げて肩に担ぐと、勝手にドアが開いてハダリーが頭を下げる。


「お話が長引いたようで、ここからは私が」


 怖いくらいの余所行きの丁寧な言葉遣いと伸ばされた背筋、オーラからこの世の美を全て詰め込んだ完璧な姿に、後ろのネギもデレデレしている。


 底の厚いブーツの踵を鳴らして意識を引き戻し、ネギに荷物を全て持たせて店に帰らせる。


「帰っても練習だからね、秋華は私より厳しいよ」


「これで終わりじゃないんですか!?」


「良いけど、今日覚えたものは今日落とし込んどかないとだよ?」


 数秒口を開けたまま固まったネギの背中を叩き、気合を入れさせてからハダリーの乗ってきた車に押し込む。


「店まで送ってくから、ほら早く」


「明日やるんで!」


「明日はお店お休みだよ、誰も居ないとネギやらないでしょー」


「そんなぁー」


 無表情でやり取りを見ていたハダリーは飽きたのか、無言で運転席に座ってエンジンをかける。

 ぺしぺしと肩を叩いて後部座席に押し込んで隣に乗り込み、自動で閉まったドアを確認して道路に出る。


 鞄の中で振動を続けるスマホを取りだし、見覚えの無い番号からの着信に応じる。


「はい神楽です」


「有馬だ、番号が違うのは学校の電話だからだ」


「うんうん、それは分かったけどどうしたの?」


「今時間大丈夫か?」


「えー、これって真面目な話?」


「大真面目な話だ。輝祈ちゃんの事でな」


 いつも気だるそうに話す有馬先生の性格から、茶化そうにもそんな雰囲気では無いことに少し困る。一瞬だけ他のことを考えてスケジュールを確認し、何とか空いている時間を探す。


「明日の夕方の18時半から15分だけしか取れないけど大丈夫かな」


「そうだな……スマホで済ませられる話じゃなくてな。助かる、出来るだけ終わるように調節してみる。っても、そっち次第だけどな」


「ありがと。じゃあ、今からお仕事だからまたね」


 スマホを耳から離してスケジュール管理アプリに入力すると、ハダリーのスマホに通知が入る。


「何も無いと良いのですが」


「なんか良い予感してきたなー」


「いや普通教師からの呼び出しは悪い予感すよ?」


「なんだよネギ、輝祈が問題起こす訳ないだろー」


 ルームミラー越しの心配そうに険しい顔になったハダリーを見ると、どうやらネギと同意見なようだった。


 そう遠くもない店にあっという間に到着し、荷物を降ろしながら取材を受ける予定の指定された店を検索していると、秋華が焦って階段を踏み外しかけながら走って来る。


「輝祈ちゃんが来てるんだけど! 顔めっちゃ腫らしてるんだけどどーゆーこと!」


「えー、え? 輝祈の顔が!?」


「ハダリーとネギあとお願い!」


「分かりました」


「了解っす!」


 返事も聞かずに階段を駆け上ってお客さんに挨拶をしながら裏まで素早く歩き、社長室のソファーで腫れた頬を冷やしている輝祈が座っていた。


「どうして顔を腫らしてるのか、聞いても良い?」


「関係ない他人のあんたに話す気ないし」


「他人だとしても関係ある」


「きもすぎる、きもきもきも。親面出来て気持ち良い?」


「意地悪せずに聞かせて」


 座る輝祈の目線に合わせてかがみ込み、氷を持つ腕を掴んで腫れの度合いを見ようとするが、反対の手も使ってすぐに振り払われる。


「まじ触んないで、ほんと無理」


 心底嫌そうに眉を寄せて部屋から飛び出した輝祈に突き飛ばされ、ドアの前に丁度来ていた秋華も危うくぶつかりそうになったのを避ける。壁に肩をぶつけてぽかーんとして転がる私を見ると、輝祈の背中をもう一度見てやっと気付く。


「これガチ?」


「外にハダリーが居るから心配はないと思うけど。一応追ってくれないかな」


「あれ? さっきもう暗くなるからハダリー帰ってったけど?」


「えもうそんな時間なの? 星海お腹空いてないと良いけど、空いてるよね多分。さすがハダリー」


「いや追い掛けるし!?」

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