第15話
急展開を迎えた輝祈との関係から1夜が明け、久しぶりの出勤に心を躍らせながら店のドアの鍵を開ける。
置いてある花たちに水をやってから空調で少し暑くなってきた店内を適温にする。干してある大量のタオルを畳んで所定の棚に片付け、玄関マットを剥がして掃除機で店内のゴミを掃除していく。
いつもより10分早めて出勤してきた為、当分は誰も来ないだろうと一心不乱に掃除をしていると、ドアを開く時に鳴るベルが鳴った。掃除していた手を止めて顔を上げると、コーヒーを両手に抱えた秋華が姿を現す。
「やっぱ早く来てたし、良かったコーヒー無駄にならなくて」
「私は苦いの苦手だから飲めないよ」
「ストロー回してみ、激甘党の社長もにっこりだし」
言われた通りに受け取ったコーヒーの容器に刺さるストローで中身をかき混ぜると、底には飽和して溶けきらなかった大量の砂糖たちが居た。
「これはご機嫌じゃん。やっぱ甘いものだねー、今度ケーキバイキングでもどよ?」
「一緒に糖尿病で死ぬのごめんだしむーりー」
「あー、このコーヒーでしばらく控えるよ甘いものは」
「やっと輝祈ちゃんと和解出来たんだしもっと自分を大事にしてみなよ」
「はーい。そろそろ誰か来る頃だし、朝礼の準備だけしよっか」
掃除道具を片付けて冷たいコーヒーを飲み切る。自分の担当している箇所を手早く確実に掃除を終えた秋華と一緒に居ると、久しぶりなせいもあってか懐かしさが込み上げてくる。
仕事に集中するために懐かしさを振り切って顔を上げて、今日の予約とここ最近の売上と客の増減をチェックする。次々に資料を用意しては言わなくても渡してくれる秋華に手を止めさせ、新社員の募集の提案をする。
「昨年独立した子がふたり抜けて、辞めてった子が1人、今居るスタイリストが16人で椅子が18席。私と君合わせて椅子はぴったり、アシスタントが9人居て今年デビューの予定が1人」
「合ってる」
「でも2号店の予定もあるから今のままじゃ絶対足りないし、秋華が片っ端から落としてくれたお陰で今年はまだ新入社員0」
「まー凡人ばっかだったし、凡人は居てもかさばるだけっしょ? そんなのに金払うとか笑えないんだけど」
「天才だけが世界を回してる訳じゃないし、天才でも世界を1人で回そうとしたら痛い目みるよ」
「てかここが有名になり過ぎたせいでミーハーなやつしか来なくなったんじゃん! 原因は社長にあるからまじ自覚しろって!」
徐々に苛立って来たのか、段々怒鳴るような口調に変わっていった言葉に私は小さくなり、縮こまりながら手に持っていた資料で顔を隠す。それを取り上げて薄い壁を取っ払った秋華はパソコンを持って来る。
「また募集かけるけど、これで雑魚ばっかだったら私が独立してやるかんね?」
「逆になんで独立しないの? 学生大会でも2連冠して世界大会でも2年連続2位なのに、実績十分だよ? ここのお客さんもきっと言ってくれるし──」
「あんたに負けたまま独立とか私のプライドがむり! やっと世界大会で入賞したと思ったらあんたが2回も邪魔してんだからね!?」
「でも今年は理容にするから秋華が1位になれるかも……」
「美容にしろ! そんなので1位になっても喜んで独立出来るか! あんたから技盗み尽くして、独立してこの店なんか潰してやる!」
「そんなこと考えてたの!? 怖いよ怖い怖い、それに秋華が居てくれないと経理とか金庫番を誰に任せれば良いの?」
「だから私は独立する気無いって事くらい察しろし! あんたがあまりにも頼りないせいで一生この店のスタイリスト兼経理兼共同経営者なんですけど?」
資料を床に叩きつけたところで丁度顔を出した新人アシスタントが気まずそうに笑顔のまま店の扉を閉める。飛び散った資料を集めろと意味で地面を指さし、出入口に早歩きで歩いて扉を開け、新人アシスタントを前に親指で店に入れと無言で指示する。
何度も頭を下げながら入って来た子に引きつった笑顔を返しながら資料を拾い集め、資料とパソコンを持ってバックヤードに逃げ込む。
新人アシスタントが出社してから約10分後くらいに次々とスタイリストたちが出社し、久しぶりに私の顔を見た全員は挨拶に来る。
「久しぶり社長、今日休みないくらい予約いっぱいらしいんで頑張ってくださいよ」
「久しぶり
「どーもー、死んでなかったんすね」
「死んでないよ!? 死なないよ私は〜」
冗談を混じえて緩く挨拶をした
「お久しぶりです社長、去年入った
「もちろん! さっきはごめんね気まずい空気で、秋華が認めた大型新人なんだしもっと自分出してこ!」
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