第14話

 輝祈の後に続いて水族館の外に出てしばらく歩く。ずっと無言のままの背中がやけに威圧的に感じ、大会の尖ったような、闘争心をぶつけられているかのような、息の詰まるプレッシャーと似たものを感じる。


 港の前まで歩いてようやく立ち止まり、砕氷船の見える広い広場の真ん中で振り返る。


「世界大会に出て」


 本当に久しぶりに真っ直ぐな瞳を向けられて発せられた言葉は、恨んでいるはずの美容技術世界大会への参加を促すものだった。多感な時期に入る辺りから始まった、今も残る溝と苦痛を生み出した世界への。


「それはもう出ないって決めたから、これからは輝祈と星海と一緒に居られるようにするために」


「私はもう高校生だし、星海の面倒も見れる。それにあんたより優秀なハダリーさんも居る」


「ならハダリーも入れてこれからは4人で……」


「何それくだらない、くだらないくだらないくだらない! 本当に平凡な大人になりやがって! あんたが過去にした事は消えない、このまま私も星海もあんたも痛みを抱えて生きてくしかない! なら然るべき場所で終われよ、私の目標であり続けて!」


 今までの10年で一切見せなかった輝祈の激情を全身に浴びて声が出なくなり、涙を浮かべながら胸ぐらを掴みかかってきた輝祈に気圧され、目を逸らすことも出来ずに硬直を続ける事しか出来ない。


「私の夢は美容師だから、ずっとずっと恨んでたあんたがしてる事に憧れてるの。世界大会を3連覇した時に、あんたと同じ高校に行って同じ景色を見て、同じ道を辿ろうって決めた。私の両親とあんたの見たもの、そこまで入れ込む何かを私も見てみたい」


「美容師なんてそんなに夢のあるものじゃない、なんで美容師なんかになろうとするの。100人目指す人が居て、その中で10年後も続けてるのは良くて10人居るかどうか。そんな不安定な世界に足を踏み入れてほしくない!」


「あのさ、あんたが10歳の誕生日にくれたドライフラワー! 枯れて落ちてったのを見て気付いたの。永遠なんて無い、いつまでも残るものなんて無いしあんたの栄光も色褪せてく、私たちの幸せな思い出もこれからどんどんすり減ってくの!」


「だからこそ私は2人との時間を増やしたい、ハダリーも入れてお母様の所に皆で帰ったり、今日みたいに出掛けたり」


「私が見たいのは世に溢れた景色じゃない、あんたがのめり込んで夢中になってた景色が見たい。何があそこまであんたをそうさせたのか分かりたい。すり減ってくのは幸せな思い出だけじゃない、私の恨みもいつの間にかすり減ってた。恨むだけじゃなくて、歩み寄る事もこれからは考えてる」


「エゴだよ。どうしようもない自分本位な意地と、自分の無力さと辛さを忘れるために当たってただけ」


「なら私にも当たる権利はある、あんたが好きなものに当たる資格がある!」


「──なら当たってみれば良い、でも条件を出す。高校はきちんと卒業すること、テストで毎回5位以内に入る事、部活は事情を話して入らなくても良いけど、学校が終わったら私の店に来る事」


「わかっ──」


「分かったって言うのは簡単だよ、よく考えて出来ると思うなら──」


「分かってる、あんたが今まで呆けて開いてた口から垂れ流してた甘さも無しってこと」


「これは家には持ち込まない。星海が体調を崩さないように今まで通りにね」


「これからよろしく鈴華」


 差し出された右手を掴んで商談成立と言わんばかりに笑みを向け合い、久しぶりに握った手が大きくなっている事を実感する。堂々とした風格と圧倒的な自信を持っているかのように見える佇まいに、いつも強気と言う鎧を纏っていた天音が重なる。


 何はともあれ、初めて腹を割って話し合えたことへの充足感からなのか、胸のつかえがひとつすとんと落ちた気がした。

輝祈の手を離してポケットで鳴ったスマホを取り出し、ハダリーからの着信に応じる。


「星海様も満足なされたので、今どこですか」


「ごめん任せきりで。もう私たちは外に居るから、入口の階段を下りた所で合流しよっか」


「……なんか、すっきりしたみたいっすね」


「そうかな、すっきりしてまた心労が増えたから変わってないよ。むしろ心労の方が増えたって感じだし」


「そうすか、向かいます」


「あ、はい。すぐに行くね」


 通話を終えて海を眺めていた輝祈に声を掛け、久しぶりに2人並んで合流地点に向かって歩き出す。

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