第16話

「今日は来てくれてありがとうございます。うちは初めてですよね」


 鏡の前の椅子に座った青年の髪を触りながら、頭の形や髪の癖、量や状態を同時に把握していく。


「はい、中学まで理容室だったんですけど、鈴華さんのテレビとか見て初めて美容室来ました」


「ありがと〜、予約大変だったでしょ。待ってくれてありがとね」


「そうですね、いつ見ても半年待ちで入学してからになってしまって」


「そっかそっか、じゃあ最高の高校生活始めないと。半年も待っててくれたんだし、今日で今までの価値観変えるね」


「はい、鈴華さんのおすすめでお願いします。自分じゃどんなのが良いか分からないので」


「任せて、じゃあ切ってくね」


 始める前からイメージしていたスタイル近づける為にハサミを動かし続け、癖やつむじに合わせて切り方を変え、15分でカットを終えてアシスタントを呼んでその場を離れる。


「終わったら呼んでね」


 アシスタントの背を2回優しく叩いて次の予約のお客様の席に移動して、挨拶を交わす。


「御来店ありがとうございます。すみません、今日はが出勤日じゃないので」


「明日お得意様の所に行くので今日までにはと思ってたのですけど、鈴華さんになら安心してお願い出来ます」


「理火翔には及びませんけど、精一杯させていただきます」


 2ヶ月毎に来ているビジネスマンのお得意様のカットは10分で終えて再び別のアシスタント呼んで次に行こうとすると、秋華に呼ばれ、お互いに歩いて合流する。


「次と2時からの人キャンセルになったけど、2時からは常連の人が入ったからよろしく〜」


「ありがと〜、じゃあ行ってきます。そっちも頑張って〜」


 拳を合わせて逆の方向に歩いて次のお客様の席に行き、椅子を隠すほど長い髪の少女後ろに立つ。


「はじめましてだよね、来てくれてありがとうございます」


「わぁー本物だ、すっごい綺麗です学校休んで来て良かった!」


「さっきも休んで来てくれた男子高校生居たよ〜、ごめんね平日のこんな時間しか空いてなくて」


「いえいえ、本当に半年待ちたくなります! 美し過ぎて鏡越しでも見れないです」


「褒め過ぎだよ、ちょっと恥ずかしいかな。うん、髪どうしようか聞いても良い? 聞かないとちょっと恥ずかし過ぎてだめかも」


「あー可愛い! ごめんなさい、6年伸ばしてた髪をばっさり切ってボブにしてほしいです」


「ほんと!? 綺麗な髪なのにほんとばっさりだね。うん、ボブの方が似合うよ絶対!」


「ほんとですか? 今まで勇気出なかったんですけど、鈴華さんが言うなら間違い無いですよね」


「うん! じゃあ、今までの価値観変えるね」


 手入れの行き届いた髪を切るのを少しだけ惜しみながらもハサミを入れていき、ロングヘアーをばっさり切って25分で仕上げる。例の通りにアシスタントを呼んで後は任せて、丁度最初に切った男子高校生のセットまで終えて嵐志が呼びに来る。


「おーいいね! やっぱり顔ははっきり出した方がかっこいい」


「来て良かったです、こんなに変わるなんて思ってなかったので。明日から学校楽しみです」


 男子高校生と話しながらセットの手直しをして一緒に写真を撮り、レジまで付き添って来てくれたお礼を言って見送る。


「全体的に良かったけど最後の最後までこだわってやってこっか、なんかここだけは譲れないってこだわりが弱かった」


「あー、はい。分かりました、ありがとうございます」


 嵐志にアドバイスをしてすぐにカットに戻り、終わっては次に行って最後の仕上げの確認に戻るを繰り返し、お昼ご飯を5分で済ませてまた同じ行程に戻る。


 そうして時間の感覚が麻痺する程にカットを繰り返しながら、お客様が引いていった店をある程度掃除する。最後の1人が帰っていったのを見送って今日の予約を捌き切り、帰る用意をしながら今週の売上を確認する。


「先月の同じ週から3.2%減少か〜、誤差の範囲と見るか記事の影響と見るかだね〜」


「あんなのでうちらの積み上げてきたもの崩せるわけないし、それと仕事に関係なんてないっしょ」


「こんな形で人の信頼を落とす事に、何の意味があるんだろうね」


「あっちも仕事だし、それと知らない事は気になるし知ったら教えたくなる。私らもお金の流れに組み込まれてるってだけじゃない?」


「落とされる信頼によっては店が危ういからそうにも行かないよ。私は従業員の生活を背負ってるし、この場所が居心地の良い場所であってほしい」


「あ、そろそろ帰るし戸締りよろしく〜」


 話も聞かずに店を出て行った秋華を見送り、自分も帰ろうと荷物をまとめて鞄を肩にかける。しっかりと店のドアを施錠して車に乗る。

 スマホで時刻を確認して輝祈に『今から帰ります』と送信する。時刻は8時過ぎ、お風呂に入ってるかなと考えながら家路を行く。

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