第7話

 吊り掛けた足で力尽きかけながら車に戻ると、運転席に有馬先生が乗っていて、星海と何かを話しながら待っていた。


「ごめんね星海、すみません有馬先生」


「やっと帰って来たぞ星海ちゃん」


「パパおかえり!」


「顔やばいぞお前」


 私のくしゃくしゃな顔を見るなり、包み隠すことも考えなかった言葉が飛んで来て、感じていた不安とかが一気に吹っ飛ぶ。緊張が途切れた途端足の力が抜けてその場に座り込む。

 それと同時に車のドアが開いて額に当たり、鈍い痛みと脳が揺れて背中から倒れ込む。


「痛いか、私もだバカタレ」


 少し額の赤い有馬先生は倒れたままの私に手を差し出し、掴むや否や問答無用で無理矢理立たされる。40代女性とは思えない程の力に引き上げられて立ち上がり、お揃いの赤い額を見てお互いに笑う。


「輝祈乗ってなかった」

「知ってるよ、スマホで連絡したら歩いて行ったらしい」

「え、輝祈の連絡先なんて……」


 有馬先生が親指で後ろの星海を指差すと、星海は私のスマホを手に持って前に突き出す。


「パスワードが2人の誕生日ってのはどうなんだ」

「良いじゃないですか、世界で1番愛してるんですから」

「あ、有馬ちゃん!」


 何となく落ち着いた空気を切り裂くように掛けられた声の方を向くと、金髪のギャルっぽい女性が手を振りながら歩いて来ていた。


「菊花か、お前もそろそろ落ち着いたらどうだ」

「落ち着きたいのは山々だけどー、てかさっきうちの両親が乗ったバスが横転したらしくてさー。あれ、神楽じゃん久しぶりー」


 呆れ気味の有馬先生を置いて次々に色々な事を喋る女性について行けないのに加えて、知らない人から久しぶりと言われたことが更に混乱に拍車をかける。


「覚えてなさそうだな。一応お前の同級生なんだが」

「そそそ、高校の時にもう子ども居たからあんま顔出てなかったけど一応同クラだよ?」

「あ、輝祈!」

「いや聞けー」


 後ろから歩いて来るグループの中に輝祈を見つけて駆け寄ると、肩にかけていたカバンを思い切り投げつけられる。顔に当たったカバンを広げ始めた両手で掴み、殺された勢いで体が迷子になる。


「きも、おっさんが走ってくんな」

「ほんと無事で良かった。バスが横転したって聞いてさ、必死に探しに行ってさ」

「知ってる、SNSで見たから」

「そそそそ! 輝祈に見せたらめっちゃ嫌そうな顔してさー」

 割り込んで来たギャルが手に持ったスマホの画面をこっちに向けると、SNSのトレンドに救助を繰り返している私が映った動画が入っていた。

「あぁ……ははっ」

 恐る恐る輝祈の方を気付かれないくらいにちらっと見たが、舌打ちをして双子の方に歩いていってしまう。注目を集める事が特に苦手な輝祈に目立つなと何度も言われていたのに、毎回何かで目立っては不機嫌にさせて来た。

 特に今回はSNSのトレンドに入った上に、神楽 鈴華が親だとバレている。


「うちのおじいちゃんとおばあちゃん助けてもらっててさ、ほんと……ありがとう」


 それまで常に笑顔で軽い感じで話していたギャルが涙を流し始める。大切な家族が命を落とすかもしれない時に、彼女は周りを不安にさせないように、ずっと明るく振る舞ってきていたのかもしれない。


「良かったほんとに、君の家族が無事で」

「うん、ありがと鈴華さん」


 膝を抱えて泣く彼女と一緒にしゃがみこんで居ると、通話をしながら歩いて来た菊花が目の前に立つ。


「おじいちゃんとおばあちゃん大丈夫だったって


 顔を上げずに何度も頷く彼女をあとは任せて立ち去ろうとすると、肩を叩かれる。


「ありがと、親子2代助けられちゃった」


 あはは、と笑う彼女には悪いが、菊花と言う名前に覚えが無い私は、頷くだけで逃げるように星海の元に戻る。


「おかえりなさい、無事だった?」

「うん。星海が待っててくれたおかげだね」

「パパが頑張ったから、星海頑張れーって応援してたの聞こえてた?」

「聞こえてた、聞こえてたよ。ありがと」


 滲み出そうな涙を噛み殺して我慢しながら俯いていると、事故で遊ぶどころじゃなくなって解散になった輝祈が後部座席に無言で乗り込む。


「ごめんね輝祈」

「目的のプリ撮れたし、それよりお腹空いた」


 私とは目も合わせずに窓越しに友だちに手を振る輝祈に急かされて、有馬先生と菊花たちに頭を下げて学校を後にする。

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