第6話
入学式が終わって既にいくつかのグループが固まって話している人混みの中、双子と4人の今風ギャルが輝祈の居るグループだった。こう見ていると、輝祈も今風ギャルなんだなと気付く。
親のフィルタ無しでもどの子よりも輝いて見えるのは、きっと浮ついた気持ちとは関係ないと思う。
「輝祈、この後お友だちときっとどこか行くよね。パパ送ってこうか?」
「りったんのお母さんに送ってもらうからいい」
「でも7人も乗れる車なの?」
「あーうちの車は5人乗りだ」
双子の片方が言うと輝祈は少しだけ黙って、すぐに顔を上げて口を開く。
「せっかくだしバスで行くのはどう?」
「良いじゃんバス!」
「輝祈ちゃん天才!」
この好感触を見てどうだとばかりに私を睨む。
偏差値70の頭脳を高速回転させ、何とか最も身近な強敵を黙らせて心の中て勝ち誇っていた輝祈とは真逆に、バスと聞いた私の頭の中で、あの暗くて終わりのない不気味な森が頭をよぎる。
「バス……気をつけてね、迎えが要るならいつでも呼んで良いから。気を付けて行ってらっしゃい」
ここは都会で山道を通る訳じゃない。ましてや崖から落ちたりする事もないのは分かっていても、どうしてもあの時の記憶と恐怖が口の中に広がって体を震わせる。
苦い。
それに気付いてか、輝祈ははっとした顔を一瞬するが、言い出した手前乗り気な空気を壊さないようにすぐに振り切って笑顔で話しながら歩いて行く。
「パパ大丈夫?」
震えた右手をぎゅっと両手で握って私の顔を見上げる星海を心配させないように、笑顔を作って抱き上げて車に歩き出す。
「可愛かったね制服姿の輝祈!」
「うん、星海もここに行きたい!」
「おぉっ、親子皆同じ高校良いね。でもさ、星海はこれから沢山の未来があるんだよ。すっごく楽しみだね!」
「うん! でも星海の夢はパパのお嫁さんになることだよ」
「ほんと!? パパすっごくうれしい!」
「絶対だよ! 絶対パパのお嫁さんにしてね!」
輝祈が星海よりもう少し小さい時にも同じ事を言っていたのも思い出して、どうしようもなく嬉しくなって2人で歌いながら車に乗り込む。
輝祈のお祝いに何を作ろうか献立を考えながらエンジンを掛けると、いつの間にかドアの向こうに立っていた有馬先生が窓ガラスをノックする。窓ガラスを開け始めて外の音が大きくなった瞬間、有馬先生の言葉で何も考えずに外に弾かれる。
「バスが事故に、どの辺で、輝祈は!」
ドアを勢い良く開けた衝撃で突き飛ばされた有馬先生に詰め寄り、答えるより先にバス停に走る。
まだ走り始めたばかりにしては汗が大量に吹き出て来て、最悪の事態を考えずには居られない脳が10年前の景色を鮮明に出力し、脱げた靴も気にならなかった。
バスのルートを辿って歩道を全力で駆け抜け、少し離れた交差点で横転したバスを見つける。
「輝祈! そんな……」
何でこんなに悲劇が続くのか。もし神が居るなら全力でオン眉にしてやりたい。そんな恨み言も口には出て来ないほどに焦り、涙でぼやける視界のまま車体を駆け上がって窓から中を確認する。
中には倒れる老人や血を流しながら静かに泣いている高校生、出入口には乗客を救助している男性が複数人と、医療従事者なのか、女性と男性がひとりずつ手当や応急処置をしていた。
「手伝います」
空に向かって唯一口を開いている前方の出入口に駆け寄り、乗客を引き上げていた男性の脇を抜けて動けない人に肩を貸しながら輝祈の姿を探す。見回してもどこにも輝祈とグループの子たちが居ない事に安心どころか、正体不明の焦りが生まれる。
「大丈夫ですから、肩を貸すので掴まってください」
救急車のサイレンの音が近付くバスの中で救助を続ける事20分、動けなかった乗客を救助隊と一緒に外に救助し終える。
「輝祈。無事だった、のかな」
涙と汗でぐしゃぐしゃになった顔で歩く姿に、すれ違う人が驚いた顔で目で追ってくることよりも、星海を置いて来てしまった心配が余裕で競り勝ち、運動不足の体に鞭打ってまた学校に走る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます