第5話

 輝祈を探すために職員室に向かっていると、突然肩を引っ張られて振り向かされる。

 後ろに立っていた有馬先生が息を切らしながら両肩を掴み、しっかりしろとなんとか絞り出す。


「しっかりしてるよ。また輝祈が迷子でさ、先生見てない?」


「お前の娘はクラスで話を聞いてる、早く第2体育館に来い」


「……あぁ、そっか。そうだった、やっぱダメだな〜」


「子どもの前では気を付けろよ、お前は無自覚に無理し過ぎる」


「してないよ無理なんて、こんなので無理なんて甘えだよ」


「お前子育て甘く見るなって言ったろ。子育てが本能に組み込まれてない男なんて特にだ。何でも知った気にならないで、仕事みたいに貪欲になれ」


「やってるつもりなんだけどさ、結局気持ちなんて言ってくれないと分からないよ」


「お前が何でも言い過ぎなんだ、少しは察してやれ」


「そう言う日本の美学嫌いだな〜。言わずに分かる心は無いし、自分も分からないのに他人の事なんて特に分からないよ」


「理詰めばっかだとつまらないだろ、計り知れない物ってのが1番心が動くもんだ」


「ちょっと理屈っぽかったかな」


「そうだな、常識は敵だ。学生の頃のお前が常に言ってただろ。人生なんてもっとわがままにじたばたしても良いんだ。とにかく楽はしようとするな」


 イタイ黒歴史を掘り返されて目を逸らし、もう一度有馬先生の真面目な顔を見て、この人はその言葉を少なくともひねた考えで見てないことが分かった。つまらない常識を徐々に身につけていたことに嫌気が差し、何故か恥ずかしささえ感じて来た。


「もう少しじたばたしてみるよ。それでも無理なら助けてもらうかも」


「何でも言えよ、少なくとも私は歳下のお前に学ぶことが沢山あった」


「意識高い系ですか」


「お前には負けるさ。テレビ見たぞ、私より意識高い系だったあの密着特集」


「いやほんと忘れてください、あれ台本もあるんですよ。私があれまで底抜けにポジティブで強いと思います?」


 思わん! と笑う背中を追って第2体育館に入ると、有馬先生はひとりで教官室に入って紙袋を持ってすぐに出てくる。


「これ、お前の分な。本来なら並んで買わないといけないけど特別だぞ」


「え、神ですか。ちらっと記憶あるんですけど、とにかく長かった印象なので覚悟してました」


 紙袋を受け取ってお金を渡し、ここで物品販売の担当をしている有馬先生とは別れ、芝生が広がる中庭のベンチに座る。


 紙袋の中の物を確認するために星海の頭を膝の上に乗せてベンチに寝かせ、懐かしの物や新しく変わっている物を取り出し、はしゃぎながら確認していく。


「えぇ、校章がピンバッジじゃなくて刺繍になってるやば。靴下に校章入ってるし、体操服に名前入れなくなったんだ、時代かな個人時とかの理由の、先生顔と一致させるの大変だな〜」


 ひとりで楽しくはしゃぎながら見てはしまってを繰り返していると、芝生を踏む足音が近付いてきて顔を上げる。


「出版社に務めている如月と申します、取材よろしいでしょうか」


 ぺこっと会釈した如月と名乗った笑顔の男が言い、紙袋をベンチに置いて頷く。


「ありがとうございます、本日いらっしゃったのは娘さんの入学式ですか?」


「すみません静かに質問してください、起こさないように」


「あぁすみません、それでどうなんでしょうか」


「そうです」


「結婚までは10年前にしていたのは把握してましたが、まさかお子さんが居るなんて初耳ですよ!」


「ほんと静かにしてください」


「すみません、さっき偶然聞いてしまったのですが。今後世界大会には出ないと言うのは本当ですか、その理由なんかも教えていただけたら」


「体力の限界です、もう20代の頃のようなストイックさはありませんし。いつまでも居続けるのは後進の為になりませんから」


「なるほどなるほど、ありがとうございました!」


 最後まで声量を落としきらなかった記者が去ると、星海が目を擦りながら起き上がり、寝ぼけ眼で頑張って私の顔を見る。


「今の人誰?」


「ごめんねうるさかったよね、記者って言うろくな大人じゃないから何か聞かれても答えなくて良いからね」


「んー、分かった」


 午前の授業が終わる時間のチャイムが丁度鳴って立ち上がり、星海と手を繋いで2人で輝祈を迎えに行くために校舎目指して歩き出す。

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