第4話
入学式が始まってから20分程経っただろうか。所々意識が飛び掛けては星海に足を叩かれ、ビクッと跳ねて起きるのを繰り返していると、新入生の名前がひとりびとり呼ばれる呼名が始まる。
しばらくして
呼名をする教師がマイクに入るように咳払いをする。再び静まり返った会場で淡々と名前が次々に呼ばれていく。
これは絶対輝祈が後で口を聞いてくれなくなるかなーと焦りながら、返事をして立つ輝祈をしっかりとスマホで撮影し、天音と先輩夫婦の写真を取り出してしっかりと姿を見せる。これから始まると言うのに何故か出て来そうになる涙を必死に引っ込める。
大人しくしてくれている星海を抱きしめて、こっちを見向きもしない輝祈を2人で見守る。
「それでは、この学校の卒業生でもあり、美容技術部門世界大会3連覇を成し遂げた世界的美容師の、
うっかりその事を失念して輝祈の晴れ姿で満足していた私は、星海を席に待たせて立ち上がり、真ん中に設置された台に登壇する。来賓と保護者と教員に一礼をして、マイクに合わせて少し前かがみになる。
「まずは皆さん、御入学おめでとうございます。本日もよく晴れた1日で、季節に相応しい桜も綺麗に咲いていて素敵ですね。保護者の皆さんもこれから始まるお子さんの新生活に心配もあると思います。ですがこの学校の教員、職員の方はとても熱心で、最高の状態での学びを提供して頂けると思います。教員、職員の皆さん、3年間どうぞよろしくお願いします。短めではありますが、以上で挨拶とさせて頂きます」
また一礼して降壇し、逃げるように大股で自分の席に座る。
「緊張した〜、変じゃなかったかな星海」
小さな声で星海をぎゅっと抱きしめて聞くと、ピッと親指が立てられる。
「かっこよかった」
「やったね」
その一連のやりとりを周りの来賓に見られていた恥ずかしさで、後は何も覚えてないけど、無事に入学式を終えた私と星海は、クラス割りを公開している間に物品販売の会場に向かう。
「えっとー、第2体育館は確かあっちだったかな」
「あの、すみません。輝祈ちゃんのお父さんですよね」
第2体育館に向かおうとしたその時、突然横から声を掛けられ目を向けると、見覚えの無い女性が立っていた。
「そうです。えっとー」
「
「あ、あー双子だったんですね。可愛らしいお子さんで、いつも輝祈と仲良くして頂いてありがとうございます」
先程見掛けた輝祈と一緒に居たよく似た2人を思い浮かべ、一か八か祈りながら知ったふうに会話を続ける。
「私ここの学校は初めてで、とても広いのでよろしければ卒業生の神楽さんに案内してほしいのですが」
大体の人が初めての学校には親切に案内板を置いているのだが、それを巧みに体で私からは見えないように隠していた。何かを伝えたいのか聞きたいのか、少しも考える事無く請ける。
「お任せ下さい。物品販売の会場なら今から向かう所だったので、確かに広いですよね私立だけあって」
「ありがとうございます。私は公立の高校だったので、考えられない広さです」
中学生の時から仲の良い子の話なんて1度も聞かされた覚えがなくて困惑した。
今思えばあの時は1番良くなかった時期で、自然と学校の話をしなくなったのも丁度その時からだったかも知れない。
世界大会の為に毎日家で殺気を放っていて、その張り詰めた空気に居るだけで星海が泣いてしまうこともあった。それでやっと気付いて競技シーンの第1線から退くことを決め、遅過ぎるとは思いながらも、今では2人の事を最優先にしている。
「その様子だと、あまり輝祈ちゃんとお話ししてないのですね」
「お恥ずかしながら、私が良くなくて嫌われてしまって。親らしいことなんて、何ひとつしてあげられなかったので」
「親らしいことって何ですかね。不自由無く養って、愛情もご飯も環境も学びも用意すれば、それが親らしいことなのですかね」
「どうなんですかね、やっぱり親としては弱い所とかは見せられないので。ですが、子どもたちにとって良い存在ではありたいですね」
「親だって人間ですから、今の時代ほとんどの親が親らしいことなんて出来てないと思いますよ。ろくな大人が少なくなっていることが、何よりそれを裏付けています。この辺りまで来たらもう大丈夫です、ありがとうございました」
丁寧にメリハリのあるお辞儀をして追い抜いていった勘解由小路さんの言葉で、今まである程度考えていた事が突然頭の中に散らばって、基礎も何もない状態で再び放り出される。抱っこされながら眠っている星海の顔を見て考えてみても、前みたいにまとまる気配も無い。
「親らしいことなんて出来ないよ……あれ、何で高校に来てるんだっけ。輝祈はどこに行ったのかな」
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