第8話

 学校に行った2人を見送って朝ご飯の食器を片付けながらテレビを見ていると、早朝だと言うのにインターホンが鳴り響く。水を止めて手を拭いてバタバタと玄関に走り、短く返事をしてからドアを開ける。


「おう鈴華! ちょっと数日泊めて……」


 フランクな挨拶に反した重い要求を察知してドアを閉め、すぐにチェーンを付けて2つ目の鍵もロックする。


「おい! それはないだろ鈴華!」


 ドンドンとドアを叩きながら叫ぶ声を無視してキッチンに戻る訳にもいかず、チェーンはしたまま再びドアを開ける。


「ここはオートロックの上にフロントもあるのにどうやって入ったクズ」


「酷いなー、俺たち高校で2年間同じクラスで過ごした仲だろー」


「警察呼ぶよ、それとも自衛隊の方が良い?」


「まぁ待て待て、彼女と喧嘩して家から追い出されてて、機嫌直るまで泊めてくんない?」


「うん、無理、きもい。特殊部隊を要請するから」


 閉めようとしたドアの隙間に足を挟んで何とか粘ろうとするがこうして転がり込もうとするのは、高校を卒業してからこれで5度目にもなる。


 バンドをすると言う理由で美容学校を中退した反面教師を、輝祈と星海の帰って来る家に置いて良い訳が無い。


 何とかして追い出そうと足を踏んだりしてみても、我慢しながら体を隙間にねじ込もうとして来る力に負けて、ドアを閉めれないでいた。


「あの、何してるんですか?」


「お隣さんこの人不審者です、警察への通報をお願いしても大丈夫ですか?」


「違う違う! ちょっとした価値観の相違で、機嫌悪くするとすぐこれで」


「とりあえず迷惑になるので1度お部屋の中で話し合っては?」


「良いから警察に!」


「1回部屋の中で話し合おう! な! 迷惑かけてるだろ近所の人に」


 小さな声で志騎が神楽鈴華って事をばらすという脅しが入り、心底軽蔑しながらもドアを引っ張る手を離す。


「いやほんとすみませんねぇ騒がしくして、これからこいつと話し合うんで」


 チェーンを外したと同時に滑り込んで来た志騎から距離を取りつつ、輝祈の部屋のドアを閉めてリビングに背を向けて後ずさる。後に続いて背負っていたギターケースをソファーに置き、膝の力を抜いてソファーにドスンと座り込んだ志騎の前に立つ。


「ほんとでけー家だよな、俺の家は彼女とふたりでワンルームだぜ」


 勝手に机の上のお菓子を口に入れながらテレビを点ける事も気にならない程、とにかく入れてしまったことの深刻さに頭を働かせる。


「ただのヒモのくせに彼女に文句? それにここはお前が行く宛のなくなった時に避難する場所でも、お腹が空いたからってお菓子を食べる場所でもない」


「何だよ久しぶりなのに冷たいな、俺はヒモじゃなくてまだ売れてないだけだ。今日は面白いもの持ってきてやったのによ」


「もう31だよ、積み上げてきたもので評価される世界じゃない、才能の世界でお前は未だに評価されてない。それなのに未だに何考えてるんだよ」


「説教か、やっぱり世界大会3連覇の天才さんは違うねー。16で子どもなんて、やっぱ天才はこういう所からズレてんのかね」


 志騎が手に持っていた週刊誌を取ってページを捲っていくと、【神楽鈴華、子育ての為に競技シーン引退】と大きな見出しと共に、春から高校生になる輝祈の名前と顔写真が載っていた。

 内容は入学式の時のインタビューの時に言った嘘ではなく、2人のために出場しない事もはっきりと書かれていた。次のページにはバス転落事故の記事が載せられていて、絶句していた私から志騎が雑誌を取り上げる。


「16で子どもって、教育にもテレビで口出ししてんのに。がっかりだなー、全国のファン絶望だなー」


 自分の美容室に電話をして急遽出勤を取り止め、輝祈と星海の2人を迎えに行こうと車の鍵を取るも志騎に腕を掴まれる。


「下にはマスコミがいっぱいだったぜ、俺が行ってやろうか?」


「お前、全部分かった上で」


「お、お? 逆ギレか、やっぱ違うわ天才は。じゃあ彼女のご機嫌でもとって来るかな俺は」


 ギターケースを背負って雑誌を代わりにソファーに置いて出て行く。ドアが閉まると同時にスマホが鳴り出し、画面にテレビ局の関係者の名前が表示される。


「はい、神楽です」


「あの記事を見させて頂きましたが、今後の出演予定のものは全てキャンセルで……」


「分かりました、御迷惑お掛けします。マスコミが押し寄せて来ているので失礼します」


 恐る恐る出た電話の内容はあまりにも予想通りで驚きは無かったが、途中から聞こえて来た大量のコンクリートを踏みしめる音に急いで返事を済ませてドアの鍵を閉めてチェーンを掛ける。

 本来はオートロックで入れないはずの入口をかいくぐって来れた理由は分かった。それに美容師の域を超えたテレビ出演も無くなったのは構わない。

 そんな些細な出来事よりも、今学校で輝祈と星海の2人がどうなっているか、そしてバス転落事故の記事が出回った事により、血の繋がりのない家族だと星海にバレてしまう事が、何よりも冷静さを欠かせるには十分だった。


 鳴り止まないインターホンとドア越しに質問を投げかけてくる声、止まらない手の震えを抱えたまま座り込んで、輝祈と星海の顔を思い出して力強く立ち上がる。ドアを開けた途端に向けられるマイクとカメラに、しっかりと堂々としながら淡々と振る舞う。


「まず、ここでは迷惑になるので場所を変えましょう。それくらいなら、社会人である皆様ならご理解頂けますよね」


 ぽつぽつと湧いて出る「お前が語るのかよ」と言う声を睨み、詰めてくる人混みを掻き分けて外に出る。

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