第2話
あの事故から10年。あの日腕の中で泣いていた2人も大きく成長していた。
私はと言うと、少し体が言う事を聞いてくれなくなっただけで、大きくなったのは年齢だけだった。
遺された上の子はこの春から高校生に、下の子は小学5年生になる。
新しく引っ越した家に仏壇なんて置けるはずもなく、暖炉の上に置かれた私の妻の写真に下の子が手を合わせる。
あの日から帰って来なかったのは親友の夫婦だけでなく、同行していた私の妻もその1人だった。
「行ってきますお母さん」
「偉いね
「分かってる! メイクもう少しだからうるさい」
少し遠くから年頃の理由で荒々しく返事をする輝祈は小走りでリビングに来ると、少し前の位置から手を合わせながらすっと腰を落として、流れるように行ってきますを言う。
それを見た星海は両足をばたばたさせながらあんなのじゃダメだと騒ぎ、輝祈の制服のスカートを手で掴む。
「ちょっ、やめて新しい制服に。ねぇこんなうるさいの入学式に連れて来ないでよ、お前が来るのでさえ最悪なのに」
「まだ学校が休みだからお留守番させるのも心配だし」
「輝祈ねぇわがまま」
「はぁ……ほんと無理、お前も美容師なら絶対ちゃんとした格好で来て。もう行くから」
寝癖でぼさぼさの頭と寝間着を指さし、心底嫌そうに目を背ける。
「あ、送ってかなくても……」
「友だちのお母さんに乗せてもらうからいい」
時計を見て弾かれたように飛び出して行った輝祈を追い掛けようとした足を止め、わんわん泣きじゃくる星海の頭を撫でる。両手を広げて抱き着いて来る小さな体を抱き上げて、入学式の始まる時刻になるまでにやるべき事を頭の中で整理する。
「まずは書類と、物品販売もあるから──そのお金どこ置いたっけ。えっと服だ、スーツは昨日出して、シャツのアイロン掛けないと! あとは、あぁぁ大丈夫だから星海泣かないで、ほら笑お」
片腕に収まるほど小さな頃と変わらず泣き虫な星海とリビングの真ん中で座り込み、いつもの諭し方で何とか笑顔を取り戻そうと試みる。
「泣いてるより笑ってる方が幸せだよ。泣き顔より真顔。真顔より笑顔。泣いたら次は笑わなきゃ」
何とか落ち着かせようと揺れながらカバンを目の前に引きずって口を開く。いつの間にか泣き止んでいた星海に腕を払い除けられて更に悲しくなってきたのを我慢し、さっと必要な書類一式をまとめてカバンに入れながら不要な荷物をまとめて外に出す。
ハンガーに掛けたままアイロンを終えて素早く着替え、肩まである髪もアレンジして軽くメイクをする。
「パパ見違えるね」
「ちょ、そんな言葉どこで覚えてきたの。でもどうかな、かっこいいかな」
「かっこよくはないかな、綺麗」
「あれ、そっか。輝祈に怒られるかな」
「行ったら勝ち」
「あはははっ、なら行っちゃおっか」
丁度ヘアアレンジを終えて立ち上がった星海が走る前に捕まえ、涙の跡をハンカチで拭いて顔の前で拳を作ってOKのサインを出す。それを見て直ぐに洗面所に駆けていった星海は鏡で髪を見て飛び跳ねて帰って来る。
「見てママ! パパが髪をお花にしてくれた、パパとお揃いのお花だー!」
「はい席に着いて、朝ご飯食べて丁度良いくらいかな」
朝から毎日恒例の喧嘩がありながらもいざ落ち着いてみれば順調で、パンとスープを食べてから家を出る。
よく晴れた新生活日和な空の下に出ると、何故か幸せな事が起こりそうな気がして、うきうきしながら2人で手を繋ぎながら、エレベータを使わずにマンションの階段を下りる。
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