2nd Dragoncavalry Battalion 1
春の日射しが差し込む一室。日光による暖気は、思考を鈍らせる心地よさだ。
部屋は、扉から入って正面に立派な執務机が据えられている。机の上は文書が山積している。脇にはそれより一回り小さな机。こちらはよく整理されており、持ち主の几帳面さが窺えた。
部屋の両側の壁面は本棚に占められている。飛竜関係の本がそれなりにあったが、ぎっしりとは到底形容できず、まだまだ余裕があった。
そんな空間においてヤーゼフは、左手で握りこぶしをつくり、それを側頭部に当てていた。そうして完成した敬礼の姿勢のまま、ヤーゼフは自身の身分を読み上げる。
「国軍騎竜兵大尉、ヤーゼフ・シルヴィウス、
大隊長のオイゲン中佐は頷き、その碧眼でヤーゼフの双眼を真っ直ぐ見据え答えた。
「うむ。シルヴィウス大尉、結構だ。さて、知ってのとおり、我が第二大隊は王都近衛騎士団唯一の飛竜部隊だ。
軍監部の連中も、いまだ飛竜騎兵の扱い方をしっかりとは心得ておらんようでな。その任務は運用の模索、実験的性質が大きいところがある。
それこそ、文書を抱えてあちこちに飛び回ることや、これはまだ想定の域だが、会戦時には指揮官の眼となることもあるだろう。
ま、この辺の講釈は貴官には不要だな。ともかく、うちは便利屋だということを了解してほしい」
「了解しました」
「うん。それでは大尉、幕僚室は廊下の突き当たりだ。貴官と机を並べることになる愉快な幕僚連中とよろしくな」
そういうとオイゲン中佐は目線で退室を促した。そのあっけのなさを、ヤーゼフは少し心外に思う。もう少し色々訊かれると思っていたのだ。
なにせ、ヤーゼフは飛竜戦闘──あれを戦闘と呼ぶにはあまりにひどいものだったとヤーゼフは思っているが──を経験した、唯一の士官なのだ。戦訓の採集やら戦術研究に引っ張られて茶を嗜む時間も取れないくらいは覚悟をしていたのだった。
退室をしようと、ヤーゼフは扉に手をかける。しかし背後からの声に動きを止めた。
「ああ、大尉。貴様、好みの銘柄はあるか」
「はい?」
唐突な質問にヤーゼフが眼をまばたかせていると、オイゲン中佐は微かに口角をあげてつづけた。
「酒だよ、酒。なにか好みはないのか?」
「ああ、えーと。それなら、マウザールの白葡萄酒、甘めのが好みです」
「マウザールの白か。それなら肴は菓子かな」
ふむ、と髭を撫でて考え込むオイゲンに、ヤーゼフは──
「わりと魚でもいけますよ。そうだ、一緒に着任したヘルゼル伍長、彼は料理が達者でして。今度作って貰いましょうか?」
「ほう、それはよいことを聞いた。楽しみにしていよう」
オイゲンは微笑み、すぐに書類に目を落とす。どうやらヤーゼフへの用事はこれで終わったようだ。
ヤーゼフは一礼し、部屋を後にした。
第二大隊には、各分野の専門家たる幕僚がヤーゼフを含めて六人いた。それに対し、ヤーゼフはちょっと多いなという感想を抱いた。通常、空を飛ばない方の騎竜兵ならば幕僚は旅団以上の部隊からしかおらず、人数も四人かそこらだ。
対して第二大隊は空飛ぶ竜を扱うという性質上、竜管幕僚という一般でいえば獣医に相当する役割の幕僚と、天象幕僚という本来ならばやはり旅団のような規模の大きな部隊にしかいない幕僚が配属されているのだった。
「ま、そうだよな。王都を固める部隊の一角なんだ。幕僚の人数くらい、優遇されてもいいか」
ヤーゼフは前任地であるベルマーリの中隊を思い出していた。
そこでヤーゼフは兵站管理官という実質的な兵站幕僚をやっていたが、他に幕僚がいないので実際的にはエルビス大尉からいろいろ任されていた。
では、魔王国軍は慢性的な幕僚不足に悩まされているのかというと、そうではない。飛竜騎兵の幕僚が多くないのだ。
そもそもの話、魔王国内の飛竜の数は、地竜と違って数万、数十万頭も生息しているわけではない。
従って、飛竜部隊も他の兵科と比してその数が多いわけではなく、そこで仕事のできる、もとい飛竜のことをわかっている幕僚というのも潤沢にいるわけではないのだ。
「この部屋か」
扉の脇に掲げられた看板には「幕僚部」とある。緊張はするが、こんなことで動きを止めていては士官なぞ務まらない。
ヤーゼフは一切の躊躇を捨て、部屋に入った。
「失礼する」
十の瞳から注がれる視線にヤーゼフはさらされた。しかしそれに
「本日より兵站幕僚を務める、ヤーゼフ・シルヴィウス大尉です」
「ああ、クラムのじいさんの後釜か」
一番手前の机に向かっていた大尉、
「アルグス、ちょっと黙れ。シルヴィウス大尉、私が筆頭幕僚のクラーゼン・バルトケスだ。騎竜兵少佐を拝命している」
「バルトケス少佐殿」
ヤーゼフは即座に敬礼した。クラーゼンの答礼を待ってから、発言を続ける。
「僕の机はどこでしょうか?」
「そこだよ」
そう言うとクラーゼンは部屋の一番北の机を指差した。ずいぶんと古い机のようで、傷だらけに見えた。
「さてヤーゼフ君、我らが愉快な幕僚連中を紹介しても?」
「あ、はい」
「うん。扉側から順にいこう。
まずそこの黒髪がフェルディス大尉、天象幕僚。
続いてグスタフスカ大尉、作戦幕僚。
フラシュケン大尉、戦情幕僚。
最後にルドゼルフ。竜管幕僚で、彼だけ中尉だ。
そこに君、シルヴィウス大尉が兵站幕僚。
それらを統括する筆頭幕僚、もとい私。
以上で第二大隊幕僚部を構成する」
「なるほど、了解しました。どうぞ宜しく」
「ああ。では改めて──」
クラーゼンは一つ咳払いをし、幕僚全員を見回してから言った。
「ようこそ、第二大隊へ。容赦はせんが、歓迎はするよ。シルヴィウス大尉」
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