道すがらの会話
グレゴリウス王の賢政のもと栄華を極める王都、王城そばの軍監部より郊外へ続く大街道。
石畳を鳴らして、軍人二人が歩いている。
一人は士官。
もう一人は
「僕は夢でも見てるんでしょうか、大尉殿」
「夢じゃないよ。きみは僕のわがままに振り回され、結果としてここにいる」
「僕が下士官、ですか──」
この下士官、二時間ほど前まではただの騎竜兵だったヘルゼルは、物思いに耽る。上司たるヤーゼフに「じゃ、行ってこい」と放り込まれた人事局でのことを思い出していたのだ。
「大変だったんですよ?人事局の大尉殿から辞令を受け取っていたら、どこからか少佐の人まで出てきて。少佐ですよ、少佐。僕からしたら、雲上の人です」
「そいつは災難だったね。ともあれ、下士官になったんだ。判任官だぞ?」
よかったな、給金が跳ね上がる。とヤーゼフが言うと、ヘルゼルの拗ねは和らいだようだ。
「少佐殿からききました。僕を下士官にするのに、随分と無理をされたと」
ヤーゼフはすこし微笑み、まあねと返した。
「よければ、手口を教えてくれませんか?」
郊外まではまだ歩く。道すがらの会話には良いだろうと思ったヤーゼフは、「いいよ」とこたえた。
下士官という階級の分類は、傭兵が主体の中世の軍隊から国民の一部を徴兵する近代の軍隊へ変化する時代にうまれた。
近代軍とは、その辺の若者を引っ張ってきて
かくして、業務量が激増し多忙なお貴族様、もとい士官に代わり、兵隊の管理を担当する下士官というものが誕生した。
下士官になるには、それ相応の勉強と経験が必要だ。新米兵隊といっていいヘルゼルがなれるものではない。
ことの発端はヤーゼフの、「ヘルゼルを自分の転属先に連れていきたい」というわがままだ。
そして彼の要望を叶えようとした人事局のオクリス大尉がなんとかひねり出した条件が、「同伴する者は下士官であること」だったのだ。
「君を無理やり下士官にするために、ベルマーリの戦闘での功績だけでは不十分でね、ある規則を引っ張り出すはめになった」
どこか自慢げな雰囲気でヤーゼフは言った。
「規則、ですか」
「うん。ホコリをかぶっているくらい古いどころか、キノコが生えてそうなくらい忘れ去られた規則。『過大なる戦功を挙げたと認められる兵は、半年の課程を終了の後、下士官に任ずるものとす。』というものだ。ま、古いといっても、百年かそこらだけど」
「課程を受けろ、なんて話聞いてませんが!?」
ヘルゼルは目を見開き後ずさる。勉強が嫌いなのだろうか。
「安心したまえ。国軍は現在、大絶賛動員中。しかも、僕らは貴重な『実戦を経験した飛竜乗り』だ。呑気に机にへばりつく暇は無いぞ」
ほっ、とため息をつくヘルゼルは、しかし疑問をヤーゼフに投げる。
「それじゃ、なんで僕らの配属部隊、ここなんでしょうね」
「うん、なんでだろね?」
軍監部でヤーゼフが改めて受け取った配属部隊の辞令には、こうあった。
『王都
なんともながったらしい名前のその部隊が所在するハルクス駐竜所は、もうすぐだ。
「近衛、近衛かあ」
ヘルゼルは緊張からか、そう繰り返していた。
「ヘルゼル」
「やっぱり、王城に行くことあるんでしょうか。えー、あんなとこ行くの?」
「ヘルゼル」
「近衛騎士団の部隊って、儀礼訓練キツいって聞くしなあ。大丈夫かなあ。──うん、よし。頑張るぞ!」
「ヘルゼル」
「え、あ、はい」
三度目でヘルゼルはようやく独り言を止め、こちらに気づいた。
「何か決心したとこ悪いんだが、それ、いらない心配だぞ」
「へ?どういうことです、大尉殿」
ヘルゼルのきょとんとした顔に微かな笑声を漏らしつつ、ヤーゼフはつづけた。
「あー、うん。あのな。部隊名、近衛騎士団の後に『隷下』ってあるだろ」
「はい」
「つまりだな、第二騎竜兵大隊は近衛騎士団に付随する部隊という扱いで、近衛騎士団の編制には入らない」
「え」
近衛騎士団は、
「だって、偵察や輸送、療務なんかの部隊を『近衛』と称して儀礼使用するわけにいかんだろ」
「そりゃそうですが」
「ま、そんなに緊張することはない。それこそ、地方軍を蹴散らしたあのヒトらが王都まで侵攻してくるか、僕らが任務で南に出向くかしない限り、あんなことは起きない。それに、だ」
ヤーゼフはまっすぐにヘルゼルの目をみていった。
「次は負けない。部隊を全滅などさせないよ」
妙な凄みを帯びたヤーゼフの発音にあてられたのか、ヘルゼルは力強く頷く。
「じゃ、行こうか。ヘルゼル伍長」
「はい、シルヴィウス大尉殿」
二人は揃って、ハルクス駐竜所の門をくぐった。
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