兵柩の城塞
ヒトの子、魔王国にて。
槍兵は地上すれすれで乗っていた飛竜から飛び降りると、銅色に鈍く輝く髪を揺らしながら仲間のもとに駆けていった。
「おーい、無事?」
「なんとかね。君の方こそ、すごかったよ」
鎧を着込み、大振りな盾を担いだ少年──名をジェームズという──が、呼び掛けに応える。
「飛竜に乗れたんだね、エレノア」
「要領は馬と同じさ。上下の感覚さえ気をつければ、わりといけるわよ」
先程まで飛竜を駆り、魔族の兵を次々と落としていたその槍兵、エレノアと呼ばれた少女は簡単そうなふうに言い切った。
「それより、そっちに行ったやつは?」
「ウィリアムがやった。まさか僕が吹き飛ばされるとは思わなかったよ。セシリア、ごめんね」
ジェームズは後ろを振り返り、謝罪の言葉を送る。視線の先には、白い外套の少女がいた。彼らの術師、セシリアだ。
「いいのよジェームズ。誰も大怪我を負わなかったんだから」
そう言う術師(彼らの言葉で表すならば、魔法師というらしい)に、ジェームズはそうだねと頷いた。と同時に頬を綻ばせる。やっぱり、この面々で来てよかったなあと思ったのだ。
「みんな、こっち来てみろよ。食糧やら何やら、補給できそうだよ」
兵舎の方から、誰かが叫んだ。ジェームズに突っ込んできた
「寝床あるかしら」
「この数日野宿ばっかだったからなあ」
「地べたに寝るのは良くないわ。背中が痛くなっちゃうもの」
女子二人がそんなことを会話しながら歩いていき、ジェームズはそれについていく。
「ウィリアム、食材あるかい?」
「ちょっとはね。あ、冷めちゃってるけど、焼かれた兎肉は余ってるぜ」
「いいね。温め直して、みんなで食べよう」
戦闘の、殺し合いの直後だというのに、一行は穏やかな会話を楽しむ余裕があった。
魔王国の領内に入ってから、危ない場面はあったにしろ勝ち続けているという事実は、四人に技術と自信をもたらしていた。
そして今夜、飛竜に乗った魔族たちといういかにも強そうなのを、うまいこと分担して倒したのだ。それは紛れもない勝利だった。
故に、彼らは今夜は余り物の兎肉を楽しみ、けして快適ではないが、地べたよりずっとマシなベッドで休むのだ。
この少年たちが国境を越えてから、二日目を迎えようとしていた。
「ねえ、これからどうする?」
セシリアがそういったのは、一行がベルマーリ駐竜所を出立する直前のことだった。
「どういうこと?」
「えっと、つまり、今までみたいに襲ってくる魔族と律儀に戦ってたんじゃ、魔王を倒すの随分後のことになっちゃうんじゃないかなって」
「あー、そうだな」
彼らの目の前に伸びる二股の道、その片方は北東に続いている。
半日もすすめば、ヒト国と魔王国の交易路、この十数年で急速に発展したヒュマール街道に出るだろう。
「街道を進めば早いだろうけど、『ここにいます』って叫びながら行くようなもんだしね」
四人は困ったように眉をひそめた。さすがに魔族の兵隊やらに次々と襲われては、一行の体力は持たない。四人が唸り始めてすこし経って、ウィリアムが貴重品である地図を広げて言った。
「こっちの道、北西に進むしかないかな、やっぱり。街道に比べて街が少ないから、不要な戦闘は避けれるはず」
「あ」
エレノアは地図の一点を見つめ声をあげた。
「どうしたの?」
「ここ、このノクターン城塞ってとこ。なんか聞き覚えがあるのよ」
「そうだっけ?」
「ほら、昔、村にやってきた旅人たちが言ってたような。『ノクターンはダメだ。盗賊やらなんやらがうろついてる』って」
「それ、『エルターン』じゃなかった?」
ジェームズは首をかしげた。
「そうだっけ?ま、そこで思い付いたんだけどさ──」
エレノアは拾ってきた棒切れで土をなぞり、説明を始めた。
「悪い連中がうろついてるんだ。ここなら奴の、フェルグスの情報があるかもしれない」
フェルグス。彼への復讐はエレノア個人としての目的、その一つだった。
勿論、他の三人はその達成にできる限り協力すると約束している。それがこの魔王討伐にエレノアが、ヒト国随一の槍兵と謂われた彼女が参加する条件だった。
他の者も似たようなものだ。みな、魔族に思うところがある。その達成の機会を、ヒトの王は彼らに与えたのだ。その時の情景を、彼ら四人ははっきりと覚えている。
あの日、王はこう言ったのだ。「魔王を討て。さすれば、諸君の悲願も叶うだろう」と。
その時王が付け加えなかった一言を、彼らは知らない。
「それにこの城塞を潰しておけば、後々うちの国が攻め込むってなったときに良いだろうと思う」
エレノアの説明にウィリアムが頷く。
「なるほど。じゃ、とりあえずの目的地はノクターン城塞かな。ジェームズ、食糧は?」
「ここにあった保存食かき集めて、四人でなんとか五日ってところかな。ここ、案外生鮮品ばっかりで」
背嚢を漁りながら言ったジェームズの言葉に、ウィリアムは考え込んだ。
「五日か。一日二〇キーレ進むとして、七、八日あれば着く?」
「ま、そんなことだね」
「道中必ず食糧が尽きる。現地
ウィリアムの呟きを聞いて、セシリアの口からは溜め息が漏れていた。
「現地徴発、有り体にいって略奪じゃない。私、あんまり気分よくないわ」
「そうは言ったって、仕方ないじゃないか。どうしたって、旅路に消費する全ての物資をヒト国から持ってくるわけにはいかないんだもの」
しぶしぶといった様子でセシリアは頷く。
仕方のないこととはいえ、完全な納得はできていないようだった。
そうして一行がベルマーリを発ったのは、四月六日。
まぶしい日の光は、屋根の吹き飛んだ建物と青々しい草原、そして大地にめり込み横たわって動かない竜と兵を照らしていた。
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