前文

 夢を見ていた。

 響きわたる歓呼の声。

 双肩にかかった栄光は、確かな重量感を帯びている。

 でも、ほんとのことを言ってしまえば、そんなものはどうでもよかった。

 あの子達は笑っている。過去のしがらみから、心残りから解放されて。

 これで何の憂いもなく生きていけるだろう。

 少なくとも、この子達の親の仇はとったのだ。

 どうか、健やかに育ってくれますように。

 ただ、それだけ。

 それだけのために僕らはこうしているのだ。

 ──すべてはそのために。

 目が覚めた。

 きらびやかな空間に立っている。

 空間の主、その老翁は告げた。

「勇者ウィリアム・シェラハザード。聴かせてもらおう、魔王グレゴリウスとは何者か」


 夢を見ていた。

 響きわたる怨嗟の声。

 双肩にかかった責任は、銃杖よりも重かった。

 どこでまちがえたのだろう。

 なにをまちがえたのだろう。

 どうすればよかったのだろう。

 誰かが言った。

 「誰も間違えてなどいなかった」と。

 ああ、そのとおりかもしれない。

 国も、軍も、上官も部下も、あろうことか奴らまで、間違いなど犯さなかった。その全員が、最善を尽くした。

 けれども良くはならなかった。

 国は死ぬ。鼓動が止まり、血流が滞り、細胞はお互いに殺し合って。

 もう遅い。なにもかもが──もう遅い。

 目が覚めた。

 薄汚れた天幕の布が目に映る。

 そばにいた部下、その青年は言った。

「起きてください。戦争の時間ですよ、中佐殿」


 二〇年、戦争は起きなかった。

 両国はおおむね平和だった。

 人々はそれを、永遠に続くものとして捉えていた。

 思えば、この二〇年の平和は麻薬による幻覚のように心地よかった。

 先王がその目にみたであろう計画。

 軍制改革に始まった平和への計画は、魔王グレゴリウスにより完成に至る。

 平和に至る計画プロジェクト・フリーデン

 それが破綻することも、彼ら魔王は計画していたのだろうか。

 彼は言った。

「十年後の流血は、百年後の平和の為にある」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る