最期の突撃

 部下は名残惜しそうに飛び去っていった。

 いい連中だったな。と、魔王国軍騎竜兵大尉マウステン・エルビスは思った。

 あいつならば、振るわれる槍斧の魔の手を掻い潜り、貴重な部下と飛竜を連れ帰ってくれるだろう。

「さて、責務を果たそう」

 地上に目を向ければ、ヒトが三人。

 狙うはあの小柄な術師である。エルビスは銃杖の先端に白刃はくじん術式を展開した。

 魔力で編まれた刃は月光を反射し、なんとも幻想的な風情を醸し出す。

 マウステン家は、そこそこ古い騎士の家系である。その伝統に則り、エルビスは口上を高らかに述べた。

「我こそは、偉大なる父にして祖国の地を統べる者、魔王グレゴリウス陛下に仕えし騎竜兵大尉なれば。いざ、その責務を果たさん!」

 もう少し渋い声の方が良かったな。

 きらめく白刃を見つめながら、エルビスはそう思った。

 部下を取り逃がした敵を乗せた飛竜が風をきって近づいてくる。

 時間はない。

 もう行かなければ。

 エルビスは急降下を開始した。顔に叩きつける風の圧力に負けず叫ぶ。

魔王陛下万歳フラール・イェンペール!」

 目標の術師、白い外套を羽織ったそのヒトまで、エルビスは一直線に駆けていく。

 本来、地表が近付くと飛竜は本能的に降下の速度を落とす。

 大地との抱擁など、飛竜にとっては趣味が悪すぎる。

 しかし、いつまでたってもエルビスの顔面に吹き付ける風は弱くならなかった。

 エルビスの覚悟を、竜なりに感じ取ってのことだった。

「ありがとう。おまえはいい飛竜だよ」

 かなりの長さに展開された白刃術式。

 その刃先が真っ直ぐに伸ばされ、術師の胸にいまに届きそうなその瞬間。

 エルビスと術師の間に壁がそびえた。

 白刃は戦士の構えた盾と接触する。

 しかし騎兵の突撃、その衝撃力は凄まじいものだ。エルビスは盾ごと戦士とその後ろの術師を吹き飛ばした。

 やった。これで怪我でも負ってくれよ。あわよくば戦士に潰されて死んでくれ。そうすりゃ俺の部下が生き長らえるんだ。

 ひどく穏やかな気持ちでそう考えていたエルビスは、盾にぶつかったことで自分の動きにブレーキがかかっていたことを完全に忘れていた。

 腹部のあたりに妙な予感を覚え、自分の腹を見た。

 横から突っ込んできた剣士が、剣を腹に突き立てようとしているところだった。

 その瞬間でさえ、エルビスはやけに穏やかだった。

 ああ、こういうこともあるのか。重量はかさむが、飛竜騎兵にも胸甲きょうこうを着けさせるのもいいかもしれないな。帰ったら具申書にまとめて、衛隊司令部に提出して──

 エルビスは最期の時でさえそんなことを考えるくらいには──本人は微笑みながら否定するだろうが──騎竜兵士官であったのだ。

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