早朝の議会

 竜の下の虐殺が確認されてから一夜が明け、魔王国議会が開かれる王城内の大議堂は、執政院が発議した案件により紛糾していた。

 曰く、『魔王国領内でヒト国王室紋を掲げたヒトが国民を殺傷している。直ちに魔王陛下へ上奏し、その軍令を以て軍監部は対応に動くべきである。』

 曰く、『外務院によれば、ヒト国大使館は一切の関与を否定し、ヒト国の戦争意思は確認されていない。また、軍を下手に動かせば周辺国との間に緊張を生むため、まずは情報の精査をすべきである。』

 議論は平行を維持し、いっこうに答えが出ない。

 仕方の無いことであった。

 なにしろ情報が無い。

 不確定な情報で、国は簡単に意思を固めてはならない。

 つまり、国は動けない。

 しかし何もせず沈黙するわけにもいかない為、こうしてああだこうだ言い合っているわけだ。

「──貴殿はそう仰るが、一刻も早い行動を起こさねば、取り返しのつかないことになるぞ!」

 正論だ。

「急にあれこれ動けば、必ず周辺国に勘づかれます。特に古人オールデン議会信託統治領では我が国の領域の一部を『我々の旧き故郷』と称して帰属運動を高めていると言うではありませんか。国内の混乱を匂わせては、横腹を突かれるでしょう!対応はしなければなりませんが、それは落ち着いた、極めて冷静なものでなくてはならないのですよ!」

 まったくもって正論だ。

 しかし、議員たちは根底の意見で一致している。「なんとかしなければならない」、その一点で彼らは連帯していた。


 議会は早朝に急遽召集されたが、太陽は完全に顔を出し、王都に生活音が響き始めた。

 筆頭議官のフビンスは流石に疲れた様子で発言する。

「ああ、諸君。一度静粛に。これではらちが明かない。レンドルフ大将、直截ちょくさい的に訊こう。どうなれば軍は動ける」

 状況説明の為臨席していた軍監部長官、レンドルフはそれに答える。

「何はともあれ、魔王陛下より軍令が下らないその限り、我々は指一本動けん。つまり諸君らが、おそれ多いことだが、どうにかその勅命ちょくめいを引きずり出してくれれば、軍はその責務を果たそう」

 その言葉にフビンスは頷いた。

 そして議論を総括し、一つの方針を策定した。

「二日待とう。その期間で可能な限りの情報を集める。それを以て、陛下に上奏する。」

 確実性と即応性の妥協。

 外交的緊張の誘発は仕方無し。

 それが朝の時点で出せる方針だった。議員は誰一人として押し黙り、内務院の役人は問題の現場である魔王国南部に飛竜を飛ばした。

 今日一日、魔王国の空を飛竜が飛び回ることになるだろう。


 この時、レンドルフが言わなかった『軍が動きうるもう一つの条件』があった。

 それが不謹慎というか、気持ちの暗い話であった為、レンドルフは言及しなかったのだった。

 それはこのようなものである。

『一定規模、兵科問わず中隊規模の軍部隊が戦力の半数を損失する程度の損害を受ければ、治安維持を目的として軍部隊を動員できる。陛下への上奏は事後承諾的に行う』

 これなら煩雑はんざつな役所的手続きを経ずに部隊は動くことができる。

 問題は、そう──どこかの部隊が生け贄にならなければいけないということだ。

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