私と読者と仲間たちの冒険譚

味噌わさび

第1話 思い出

「これは……こっちか」


 ここはとある魔法書販売店。


 といっても、中古の魔法書販売店だ。そして、俺は祖父から続くそんな店の店主だ。


 その日も俺は数ある魔法書の整理をしていた。中古の魔法書というのは様々で、広く流通しているものもあれば、かなり知名度の低いものも存在する。


 おまけに一番たちの悪いのは、たまに危険物が存在するということである。中古の魔法書の中にはたまに禁忌とされる魔法を示したものもあったりして、俺も対処に困る時もあるのだ。


「まったく……お爺ちゃんもよくこんなに魔法書を買い取ったものだな」


 ただ、お客は……ほとんど来ない。俺の仕事はもっぱら魔法書の整理だ。そして、たまに来る客が望む本を、即座に出せるようにしておかなければならない。


「……ん? なんだこれ?」


 と、そんな時、俺は見慣れない本を見つけてしまった。


 それはかなり古い本のようであった。黒ずんだ装丁にかろうじてタイトルを読むことが出来る。


「『私と読者と仲間たちの冒険譚』? これ、魔法書か?」


 もしかすると、間違って買い取ってしまったのかもしれない。俺はためらわず本を開いた。


 と、次の瞬間、一瞬のことだったが、まばゆい光が俺を包んだ。俺は思わず目を閉じてしまった。


「……あれ?」


 そして、次の目を開けた時には、そこは……俺の店ではなかった。


 どこだか知らないが……どこかの森のようである。


「え……ここ、どこ?」


「あ! いたいた!」


 と、いきなり声を駆けられる。振り返るとそこには、俺と同じくらいの少女がいた。見た目からすると、戦士のような格好だが……。


「え……君は?」


「はぁ? 何言っているの? まったく……勝手にどこかに言っているんじゃないわよ」


 なぜか俺は怒られながら手を引かれる。


 意味もわからずそのままついていくと、そこにはまたしても知らない人物がいた。


「あらあら。勇者様。大丈夫だった?」


 聖職者らしき女性が俺に微笑む。長い金髪の美しい女性だった。


「はっはっは……勇者様。気をつけてくだされ。森にも危険がありますからな」


 もう一人は……その女性より少し年上の感じの男性だった。大きな杖を持っているからきっと魔法使いだろう。


「……え? 何これ?」


「ほら! さっさと出発するわよ。魔王を倒しに!」


 戦士っぽい女の子に言われるままに俺達はその場から出発した。


 その後のことは……よくわからなかった。俺は戦いなんてほとんどやったことがない。それなのに、本でしか見たことのないような魔物を簡単に倒すことができた。


 俺はなんとなく思い出していた本のタイトル……「冒険譚」のことを。


 魔法書にはそういうものがあると聞いたことがあるが、もしかしてこの本は読んだ人間に冒険を体験させる本なのだろうか? だとしたら、今俺が体験しているのはこの本の「物語」である。


 そんなことを考えながら俺は「物語」を体験する。


「……いよいよ明日だね」


 そして、ついに魔王が住むとされる城の直前までやってきた。その日、俺は他のメンバーが寝静まったあとで、戦士の女の子と話していた。


「あ、あぁ……そうだね」


「……あのさ。もし、魔王を倒せて、この世界が平和になったら……」


 女の子は俺のことをジッと見ている。恥ずかしかったが、俺は目を反らすことができなかった。


「……や、やっぱりなんでもない! おやすみ!」


 と、俺よりも先に女の子が顔を反らし、そのまま横になってしまった。


 俺は目の前の焚き火をぼんやりと見ている。この世界は……もし、俺が開いた本の物語だとすれば、もうすぐ終わりなんじゃないだろうか?


 そうなると、やはりこのお話の終わり方は――


「このお話は、ここで終わりよ」


 と、いつのまにか隣には金髪の僧侶の女性が座っていた。


「……起きてたんですか?」


「えぇ。起きてた……というより、認識していた、という方が正しいわね」


 悲しそうな視線で女性は先を続ける。


「……あの、もし、間違いだったら申し訳ないんだけど、聞いてもいいですか?」


「いいわよ。なんでも聞いて」


「……アナタが、この本……『私と仲間たちの冒険譚』の作者ですよね?」


 俺がそう言うと女性は少し驚いたような顔で俺を見る。


「へぇ……アナタ、察しが良いわね」


「あはは……えっと、俺、中古の魔法書を取り扱っている店で働いてて……」


「……あぁ。なるほど。そういうことね」


「はい。だから、こういう本があるって聞いたことあるんです。その……記憶を封じ込めた魔法書っていうのが」


 俺がそう言うと女性はフッと悲しそうに微笑んだ。


「……えぇ。これは私の記憶よ。それを魔法で閉じ込めた。現実の私はたぶん、もういないし、勇者様も戦士のその子もいないわ」


「それは……つまり……」


「……アナタも知っているでしょ。魔王がどうやって倒されたか」


 ……ずっと引っかかっていたが、答え合わせができた。魔王はすでに何十年も前に倒されている。


 しかし、それはとある国の国王が総兵力を上げて魔王の城に攻め込んだからだ。勇者の一行が魔王を倒したという事実を……俺は知らない。


「この後、私達は魔王に挑む。でも……たった四人じゃ適わなかったわ。いいところまで行ったんだけどね……そこで、勇者様も戦士のその子も……魔法使いさんに転移魔法で無理やり連れ出されたせいで、私と彼は助かった」


「……じゃあ、この本の物語がここで終るっていうのも」


「えぇ。この後のことなんて思い出したくない。私達の冒険譚はここで終わりなの」


 そう言うと、女性は優しく俺に微笑む。


「……この物語を読んだのは、アナタで何人目かはわからないわ。でも、この本の作者が私だって私が白状する前にわかったのは……アナタで二人目」


「そう……ですか。なんか……すいません。不用意にこの本を読んでしまって」


「いいのよ。私と仲間たちの冒険譚をなるべく多くの人たちに知ってほしい。だからこの本を作ったの。むしろ、嬉しいわ」


 そう言うと女性は立ち上がり、ニッコリと微笑む。


「さぁ。元の世界に戻りたいと強く願って。そうすればこの物語は終ることが出来るから」


「……アナタは、ずっとこの世界にいるんですか?」


 思わず俺はそう聞いてしまった。と、女性はキョトンとした顔で俺を見る。


「……えぇ。もちろんよ。私は記憶の中の存在……言ってしまえば、この本そのものだもの。この世界以外には行けないわ」


「……また、会いに来てもいいですか?」


 俺がそう言うと女性は少し驚いたようだった。そして、少し目に涙を貯めて俺のことを見る。


「……こんな、中途半端な冒険譚をまた読んでくれるの?」


「えぇ。その……結構面白かったんで」


 そう言うと女性は嬉しそうに微笑む。それと同時に本を開いた時と同じような光が俺の周りを包む。


「ありがとう……アナタ、少し似ているわね……魔法使いさんに」


 その言葉を最後に俺はそのまま光に包まれて――


「おい! なんで床で寝ているんじゃ!」


 と、怒声で俺は目を覚まし、慌てて飛び起きた。


「え……あれ? お祖父ちゃん」


 見ると、そこには……俺の祖父が不思議そうな顔で俺を見ていた。


「お前、なんで床で寝ておるんじゃ?」


「あ……いや、この本が……」


「ん? おぉ! ここにあったか! いやぁ、不味いのぉ。これは売り物じゃないのに」


「え……お祖父ちゃん、この本って、お祖父ちゃんのなの?」


 俺がそう言うと祖父は何故か懐かしそうな目でその本を見る。


「……ワシのではないかな。これは……ワシの大事な人の思い出じゃからな。まぁ……あまり見返したいものではないが」


 思い出……と、そんな時俺は先程までの体験を思い出す。


 あの森の中で出会った魔法使い……どことなく、お祖父ちゃんに似ていたような……。


「お祖父ちゃん、あのさ。お祖父ちゃんって昔――」


「そんなことより! まだ開店時間じゃろうが! 店番をしっかりせい!」


 祖父に怒鳴られ、俺は慌てて本の整理に戻る。


 結局、真相はわからずじまいだったが……しばらくしてからその本の表紙を大事そうに眺める祖父の目は、やはり思い出を懐かしむような目なのであった。

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