ギャルと鎧と異世界と

三衣 千月

深淵洞窟アビス、中層

「いいぃぃやっほぉぉぉう!」


 モンスターの群れに立ち向かうギャルが一人。魔力で強化された身体能力を最大限に活かし、淡い輝きを放ち素手で殴りかかっていく。


 数十と群れている多様なモンスターの手前まで踏み入り、雑に拳を振り払う。


 衝撃波とともに大多数が吹き飛び、残った数体を無視して彼女はダンジョンの下層目指して駆け出した。


「こんなもんっしょ! コジー! あとよろー!」

「任されよ」


 ギャルを見送るように、大鎧。

 全身を隙間なく包んだ白銀のそれは、身の丈よりもさらに大きなハンマーで以って彼女が打ち漏らしたモンスターを叩き潰した。


 冒険者が誰一人として踏破したことがない深淵洞窟アビス。全100層からなるその洞窟に、彼女の目的であるハイ・モンスターがいる。

 46階から次の階層へと降りる広間で、彼女はメイクを直していた。


「目当てのモンスターは、見つかりもうしたか」

「この階にもいなかったー。だいじょぶ? あーし、騙されてない?」

「100階まで降りてみれば分かりましょうぞ」

「そだね。それに、下にいけばいくほど読者も増えるだろうし」


 彼女の容姿は明確に、分かりやすくギャルであるがこの世界では馴染のないものだった。明るいウェーブのかかった茶髪、黒いへそ出しのチューブトップに片袖だけ破れたデニムジャケットを重ね、白のホットパンツに赤黒のバッシュといったその露出高めの風貌は、彼女がこの世界の常識を持っていないと判断するに十分だった。


 後からやってきた全身大鎧に身を包んだ男、彼女にコジーと呼ばれた彼は、荷物の中から石板を取り出して魔力を込める。

 淡い魔力光と共に、先ほどの彼女の姿が空中に映し出された。


「お、よく撮れてんじゃーん。あ、もうちょいカメラ目線意識してもよかったかナー。メッセ残しとかないとね」


 この世界に普及している魔道ネットワークを使った本は、対象の行動映像やコメント音声を視聴することができる。映像に対して、コメントを送ることも可能である。

 そして、視聴者の数が多いほど、視聴者が本に魔力を込めるほど、映像の提供者へと魔力が還元されるのだ。


「みんなコメントありがとねー。今回もばっちメイクの素材採ってくるから期待しててよ」


 彼女の本を視聴している者は多く、その大半は彼女のメイク動画を視聴している女性だった。これまで世界になかった斬新なおしゃれを追求し続ける強い女性像は、一般の彼女らにとってまさに憧れだった。

 若い女性の肌見たさに視聴している男性陣も少なくない。


 そんな彼女が今回狙っているのは、深淵洞窟に棲息するハイ・モンスター、クリスタルドラゴンの血液だった。


「まじマニキュアにぴったりだと思うんだよねー。そんじゃ、行ってくるし!」


 快活に石板に向けて手を振り、ぐ、と1つ伸びをする。


「いやー、まじ天職。こっち来たときはほんとどーなるかと思ったけど」

「拙者もまさか異世界から日帰り感覚で人が来るとは思ってもみませんでしたな」

「ほんとにクラブのドア開けたら来ちゃったんだからしょーがないじゃん」


 世界を渡って人が迷い込むことはごくまれにあるが、彼女の適応の速さはとても早かった。

 帰れないと知るや否や、こちらの世界の流行を調べ始め、実用重視であった庶民のファッションおよびメイクに絶望した。

 彼女は決意した。自分の力で異世界にファッション&メイクを流行らせることを。


 大鎧ががしりと鳴る。

 準備を済ませ、下層へ降りるために進みだしたのだ。


「コジー、その鎧重くない? べつにいらなくない? だいじょぶ?」

「お気遣い、痛みいる。確かに何の魔法効果もない飾りではありますが……ま、好きで着ておりますでな」

「あー、ごめーん。人の好きに文句つけちゃった。めんご」


 手を合わせて彼女は軽く舌を出す。

 大鎧の中でコジーは微かに笑った。


「気にしておりませぬ。さ、参りましょうぞ」

「りょー」


 そこからも順調に下層へ進んでいく二人。道端の雑草でもむしり取っていく感覚でモンスターを蹴散らし、使えそうな素材は回収していく。


 そして50層に降り立つ。

 それまでの迷宮然とした通路の多い場所ではなく、瘴気漂う大きな広間だった。


「いぇー、ビンゴ」

「分かりやすくて大変結構」


 下層への通路を守るように眠る、一匹のドラゴン。その体躯は鉱石に覆われ、瘴気の中でさえ体表は輝きを放っていた。目当てのクリスタルドラゴンに間違いない。


「さ、んじゃひと狩りいっちゃおうか」

「御意」


 コジーが大きく振りかぶり、ハンマーを投げつける。

 飛来する得物に気が付いたドラゴンはしかし、おもむろに首をもたげその四肢でしっかりと起き上がった。


 大鎧の身の丈ほどのハンマーは、体表にがつんと音をたてたが、それだけだった。傷ひとつ、つけられていない。


「前情報通り。硬い硬い」

「えー、硬いの? ネイルとか削れるのヤなんですけどー」

「お洒落ができぬ、というのはもっと嫌でしょう」

「そうだけどー」

「拙者、撮影しておりますので、いい画を頼み申す」

「しょーがない、やるか」


 頬を膨らませながらも、すでに彼女は駆け出していた。

 ドラゴンの繰り出す爪を造作もなくかわし、鉱石に覆われていない部分に蹴りを見舞う。


 だが、意にも介さずドラゴンは尾をしならせて彼女を弾き飛ばす。

 バク転からの受け身を取り、再び彼女はドラゴンに接近、跳び上がり背から拳を繰り出そうとするが、ドラゴンは首をぐるりと旋回させて瘴気のブレスを放った。


「んぁー! デカいくせにはやい! コジー! バトンタッチ!」


 大鎧の元に戻ってきて、彼女はぺたりと座り込む。

 荷物の中からがさごそと対抗できる道具を探す。


「では、そのように。お時間、いかほど稼げば?」

「3分!!」

「御意」


 がちり、白銀の大鎧の留め金を外す。

 ドラゴンが地響きをさせながら近づいてくる中、鎧を脱ぎ捨てそれに対峙するのは、袴を着た初老の侍。

 録画用の石板は鎧の手に立てかけておく。


「いざや。岩流、佐々木小次郎、参る」


 彼もまた、この世界に流れ着いた異界の者。

 剣の道を究める途の半ばで異世界にたどり着き、以来変わらず、剣を究めんとしている。


 だが、彼の手に得物はない。

 ドラゴンは再びブレスを吐いた。


「……先刻承知。避けるまでもなし」


 ぐ、と右腕に力と魔力を込め、ブレスをかき分けるように払う。

 風圧と魔力波だけで、ブレスはおろか、辺りの瘴気もろとも霧散した。


 ドラゴンは激昂する。

 広間じゅうを震わせる雄たけびと共に、尾を薙いで彼を狙う。


 軽やかにそれを飛び越え、先ほど投げつけたハンマーへと走り寄り、その柄を握る。


「抜刀」


 そう口にして、ハンマーに施した封印を解く。

 仕込み刀のように、すらりと抜かれる白銀の刃。


「恨みはない。されど、我が道阻むならば――斬る」


 再び、尾が襲い来る。

 今度は、避けなかった。川の流れを遮る大岩の如くその場で地を踏み占める。刀を立て、尾を振るうドラゴンの力を利用して、すっぱりと尾を切断した。


 怒りの叫びは、苦悶の叫びに変わる。

 でたらめに暴れまわるドラゴンの攻撃は読みにくく、彼は回避に専念した。


「っとと、さすがに決め手に欠ける。しかし、拙者が首を落としてしまっては結末がいささか地味、か」

「コジー、あとはお任せー!」


 大鎧を鏡にして、影で準備をしていた彼女が飛び出す。

 彼女はメイクを直していた。


 彼女がこの世界で注目される別の理由。

 この世界には、紋様師と呼ばれるマイナーな職業があった。その身に魔力を込めた模様を刻むことで力を得る能力を持つが、彼女はそれをメイク道具でやってのける。

 その能力も、メイクによって幅広く変容するのだ。たかが一人の魔力では大した効果は出ない。それゆえに紋様師は人気のない職だったが、彼女には、石板を通して魔力を分け与えてくれるファンが、仲間がいる。


「今日のマスカラ、ちょー乗るし。ぜっこーちょー! コジー、うまく避けてねー!」


 暴れまわるドラゴンを見据え、カッと目を見開く。


「ギャルビーーーーム!!」


 閃光が彼女の両目から放たれ、ドラゴンを射抜く。

 周囲の壁に反射しながら拡散し、閃光は雨のように幾度も獲物を貫いた。


「うおぉっ、これはまた派手な! 避けろとはまた簡単に言ってくれる……!」


 口の端を上げて、全神経を集中させて彼は襲い来る光線を回避した。




   〇   〇   〇




 沈黙したドラゴンから素材を頂戴し、ほくほく顔で石板に向かって彼女はメッセージを残す。


「今日もみんなの魔力のおかげだよー!クリスタルドラゴンの血液、ゲットしましたぁ! めっちゃキラキラ! ぜったい映えるじゃん! また動画アップするから読んでねー!」


 後ろでは、斬り落とした尾を前に笑みを浮かべる彼の姿。


「あ、コジーが今からドラゴン調理してくれるって言うからそれも撮るね! んじゃこれからも応援よろー!」


 彼にも隠れファンは多く、鎧を脱いだ時の映像は国中の騎士が盛り上がり、討伐の難しいモンスターを調理する様は料理人たちが歓喜する。


 ギャルと、鎧と、異世界と。

 二人の冒険は、やがて世界を救う一大巨編の冒険譚になるが、彼らはまだそれを知らない。

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