冒険者組合<暁の月>
初心者卒業
冒険者組合の休息所兼待合所。
天井高く広く作られたそこは、宿屋の機能も併せ持つ、非常に便利な場所になって居た。
そこは独立自治区の中枢部と程遠くない位置に建てられていることもあり、二省直属の依頼を専門とする探索者達が多く利用している。
セーラム曰く、真面目さんが集まる場所、なのだそうだ。
最高技術部であり、魔導・魔術、更には祭祀を司る賢者省。
最高治安部であり、対外戦力・武力を取りまとめる勇者省。
中央と呼ばれるここには、実際、その二省からの『お使い』案件が大小難易度問わず発生する。
そのあれやこれやの『お使い』が、正式な依頼として発注されるのがこの冒険者組合の<暁の月>、と言う事だった。
そしてそれぞれ直轄の探索者が中心となり、冒険を志願する者らお互いが弱点を補うように協力し合い、徒党を組む。
かくして、冒険者一行となった彼らは<暁の月>から発行された『お使い』をこなし、日々の生活を繋ぐための対価と信頼を稼ぎ、世界狭しと旅立って行くのだという。
僕が聞いた説明は、ざっとこんな感じだった。
そんな彼らが、初めての冒険を志願する者達が集まるのが、ここ<暁の月>であるということ。
実際、中央案件は難易度が高く、機密性が高いものが多いと思われがちだが、初めて外の世界へ挑む冒険者の後押しも、彼ら冒険者組合の仕事なのだそうだ。
外の危険性や様々な生存術を教え、必要最低限の準備を整えさせる。
万が一適正がない者が、無駄に死にざまを晒さないようにするという目的もあるそうだ。
僕はセーラムを探す。
彼女は、夕暮れの光が差し込む大きな丸窓の横の、その窓と設えを同じくした丸い食卓の席に突っ伏していた。
ようは、寝ていた。
「セーラム、ちょっといいかな。」
セーラムは、ぴくりと肩を動かすとそのままゆっくり正面に向き直る。
「考え事をしてました。スライム狩りは楽しかったですか?」
と何ごとも無かったかのように、僕を見る。
「質問なんだけども。」
僕は肩に担いでいた皮袋を彼女の目の前に置いた。
「ルクさん、あの、もしかしてこの、山。」
「うん、スライムから出たものなんだけど、質問があるのはこっちの…」
と言い掛けた僕を見つめるセーラムの、半開きの口と酷い責苦を見なければならないと言わんばかりの半開きの目、露骨に嫌なものを目の前にしてしまったというその表情に僕は一瞬怯んだ。
「ルクさん、一応お伺いするんですが…何匹相手にしたんですか?」
「1486匹。」
「せっ…え?」
「それで、その中で1回だけ、これが落ちたんだけど、セーラムなら分かるかな、って。」
僕は腰に下げていた小物用の革鞄から、漆黒の魔石片を取り出した。
「これは…ちょっと見せてください。」
セーラムの表情が一気に引き締まったかと思うと、眉間に皺を寄せた。
「珍しいですね。これは魔石片と言うよりも、金属片と言う方が正しいです。この辺でもかなり深層でしか発掘されない古代金属、ラトギルムです。こんな風に割れた形状でまばらにしか発見されないことから、古代戦争で魔装障壁を破るための弾丸に利用されたんじゃないかって言われてます。これについては未だに諸説あり、ですね。稀に広場のスライムから採取されることがあるとは聞いたことがありましたが…そうですか…。」
一気に捲し立てるように講釈を述べてくれたセーラムは、再び項垂れた。
「千四百余匹も倒したんですね、スライムを。」
「はい。」
正確には1486匹で、これが出たのは1297匹目だったけども。
「ありがとう、セーラム。今日は助かったよ。」
「いや、初心者広場でのスライム討伐にお礼を言われると、流石に心が痛みます。結局私の今日の成果は、ルクさんにスライムとラトギルムを教えただけですので。」
寝惚けていた気配どこへやら、セーラムはようやく僕に微笑んでくれた。
「それと、スライムを知らなかったと言う事は、正直、私からしたら大きな減点対象でしたが、秘蔵っ子なら仕方がないかと。それ以外については、ルクさん、冒険者として問題なしだそうです。」
セーラムは背筋を正して僕を正面から見据え、わざとらしく咳払いをした。
「賢者省の推薦でしたのでいろいろ省いてしまいましたが、冒険者組合<暁の月>は、正式にルクさんを外に出して良い冒険者だと認めたとのことです。おめでとうございます。」
詰まる所僕は今日、一応なりにも冒険者として初めて外に出て、初心者をとりあえずは卒業した、と言う事になるらしい。
「ありがとう。」
そもそもこの壁の外から来た僕にとって、それはとても意外な、何とも歯痒い認定だった。
ただセーラムに「おめでとう」と言われたからこそ、感謝の意を僕なりに示した返事だ。
「あと、調査書ですが、大図書館の執務室で書くようにと利用証を預かってました。」
セーラムはその横に置かれていた鞄から、1枚の巻物を取り出し、僕に手渡した。
「ここと賢者省を繋ぐ中央通路、大噴水その西側が大図書館。その執務室が使えるように手配してあるとのことです。流石ですね。」
先程の表情とは打って変わって、片方の唇の端を上げたセーラムは、ニヤリとした笑顔を向ける。
「ありがとう。」
「正直、羨ましいです。あそこに出入りできるのは、一部の人間だけなんですよ。」
僕はその巻物を受け取ると、再び戦利品を担いで立ち上がった。
「もう行くんですか?」
「うん、時間は有限でしょ?」
僕がそう答えると、セーラムは席からその腰を持ち上げ、僕に深々とお辞儀をしてくれた。
それに合わせるように僕も、今日の半日を僕の為に費やしてくれたセーラムに深々と頭を下げる。
僕は、キースの待つ賢者省、その途中にあるという執務室を目指した。
◆セーラム・トリリア
魔導部魔動力学整備士見習い。
魔石を主力とした便利装置を作り、更に使い手に馴染むように調整することを中心に賢者省の下、魔導部にて学んでいる14歳、女子。
この歳で既に目に隈を作るほど、睡眠時間を削ってはその技術向上に励んでいる。
曰く、自分の技術が当たり前に使えるころには「隈なんで消せる魔法も買える」とのこと。
若さって、強い。
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