幕間

大賢者と色男

 走り去るルクの背中を、陽の光差し込むその廊下で、地族であるウルゲンルーデル卿と大賢者キースフリーは見つめていた。


「あの子さ、今日裏門で拾ったんだけど。」

「ふむ。」

「かなり派手な登場もしたし、空中散歩にも連れてったんだけどね。全っ然、驚かないんだよ。」

「ほう。」

「その後もかなり派手に連れまわしたし、いろいろ押し付けてみたけどさ。今ここで聞いてた通り、全部素直に受け止められちゃうんだよね。」

「それは素質の問題ではないのか?」

「どうだろ。私としては正直、あそこまで反応が薄いと、流石に自信を無くすよ。」


 ―いつも通り押し切っただけではないのかね。


 ゲルトルード・ヴォン・ウルゲンルーデル卿は、あきれて肩をすくめる。


「実際それ以上の経験を積んでいる可能性も、あるんじゃないのか?」


 ゲルトルードはもう見えないルクの背中のその先に目線を置いていた。


「かもね。剣筋も悪くない。」

「あぁ。あの反応は中々出来るもんじゃないな。」


 烏の眼を通してみていた中央広場のそれを、ゲルトルードは思い返していた。

 自ら武器を持つことなく、相手の力を利用すること。

 相手の武器や動きの定石に囚われず、判断すること。

 見たままの情報をそのまま素直に受け入れているだけなら、あの動きは出来ないだろう、と。

 どちらにせよ、ある程度の経験がなければ出来ない行動だった。


「実際のところ、久しぶりに見たよ。本物の古代文字。」

「古代って、どれくらい昔だ。」

「あの書式が流行ったのは、確か五百年前くらい。」


 そうは言われても、ゲルトルードにはその五百年前くらいが想像つく訳がなかった。

 大賢者キースフリーは続ける。


「素直過ぎる所が、逆に不安でもあるんだよね。」


 そして気掛かりでもある、と。


「もしかしたらまだ南にも、僕らが研究すべき課題はあるかもしれない。見落としていた文明があったのかもしれない。そんな感じで、ちょっと頼めるか、ゲルト。」


 ゲルトルードは一瞬思案する。


「そうだな、あの儚げな少年のためになるというなら、引き受けよう。」


 少し声音を高めて、ゲルトルードは微笑むと、筆のように滑らかに伸びる顎鬚をその右手で撫でた。


「すまない。一応賢者省からの依頼ということで頼むよ。」

「構わんさ。私も個人的にあの少年には興味があるから、ね。」


 明るい陽の光の下、端正な顔立ちの男二人が、至近距離で寄り添い歩くその姿は、見た者の心をざわつかせずにはいられなかった。

 赤と白の印象深い対照的な二人が歩く姿は、独立自治区の中枢である本部館でもひどく目立つ。

 果たしてその二人は、関係を見せつけているのか、演じているのか。

 そんな噂も相まって、注目を浴びている存在であることに違いはなかった。

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