幕間

ブライアン伍長の一日

 裏門を締め切ったブライアン伍長は、胸をなでおろしていた。

 伝え聞いていた通り驚くほど人が少なく、締め切る時間も他より早い。

 そんな楽な裏門受付の業務ではあったが、何とか大恥をかくことなく終えたことに安堵を示していた。


 ―しかし、あの南方系の子、大丈夫なんだろうか…。


 ブライアン伍長には、別の心配があった。

 かの、大賢者直々の出迎えともなると、考えられる可能性は二つ。

 滅多に弟子を取らないという大賢者の眼に叶う程の才能の持ち主であるのか、その友人である「深紅の地族」ウルゲンルーデル卿へ紹介されるのか、である。


 ―あの少年、この辺では見ない珍しい容貌だからなぁ。


 南方系の特徴は、濃い土色から漆黒の髪に黒色よりの眼。

 鋭い顔つきが多く、また、魔力を持たないものが多い。

 肌の色は浅黒い者もいるにはいるが、出身地で大きく異なっているということもあり、ブライアン伍長は、その出身地を大まかにしか想像できないでいた。

 ただあの少年は、色白でか細く、少し怯えるような眼を向ける仕草も相まって、とても幼く見えていた。

 正直なところ、いくらあの羊皮紙が「資格在り」と認めたところで、武闘試合に耐えられるような風体ではなかったと、ブライアン伍長は再び思い直す。


 ―と、言う事は…!!


 ブライアン伍長は、戦慄する。

 あの少年の行く先は、間違いなく、ウルゲンルーデル卿の屋敷だと。

 寵愛されていたその妻が亡くなった直後、雷に打たれたかの如く男色家になった、このゼノス・アルンで何人かしか認められていない領土持ちの地族。

 その屋敷は、古今東西から集められた見目麗しい青年たちで埋め尽くされているという。

 そしてそのウルゲンルーデル卿と大賢者は、大変付き合いの古いご友人というのが、この独立自治区で働く者の"常識"だった。


 独立自自区にはそれなりの常識と言うものがいくつかある。

 中でも、公募試合の常識は、周辺庶民には当たり前のように知られるものであった。

 各省や各学閥が、自分たちに相応しい仲間や部下を集める場であると言う事。


 ありとあらゆる可能性を判定する魔術式は、独立自治区を運営するべくその機能にそれぞれ人材を供給しているのだと、ブライアン伍長は自身の2年前を振り返る。

 この伍長も、最初は『勇者』に憧れて参加した一人であり、実際の公募者たちのその力の格差を知り、別の道を選んだ一人でもあった。

 そしてだからこそ、魔術式に振り分けられた人材であるからこそ、早々の昇級扱いになったとも言えるのだった。

 それは必然と周辺庶民に伝わる事実となり、自治区内に登用されたいがために集まってくる人も、だからこそ多いのである、と。


 ブライアン伍長はその仕組みを知った時、なるほどと深く納得したものだった。

 だからこそ、伍長は新たな不安を拭い切れないでいた。

 ウルゲンルーデル卿に引き取られた青年をその領域外で二度と見る者は居ない、という噂を思い出していたのだ。

 だがそれが事実だとして、一兵卒である伍長と余りに掛け離れたその存在は声すら届かない領域であり、彼に出来ることはただ一つ、少年の無事を祈るだけである。


 ―あの少年に、精霊のご加護がありますように。


 まだ陽の光が高い晴れた空を見上げ、短かった一日の仕事を実感した。

 その蒼空に、白い旗が大きくはためいているようにも見えたが、きっと気のせいであったろう。

 ブライアン伍長は門に閂を通し、その留め具の錠を締めた。

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