第4話 最初の篩<ふるい>

 公募試合、別名で呼ばれるところの「中央登用選手権」は各部門や学閥が、自分たちのために優秀な部下を集める場である、と言う事を僕が知ったのはついさっきのことだった。

 ひたすら『勇者』になることだけを考えていた僕にとってはまさに青天霹靂。

 ただ僕は、その登用門を潜ったら『大賢者の弟子』になって居た訳なんだけれども。


 キースにいろいろ説明を受けながら案内されているうちに、分かったことがいくつかある。

 所謂受付が設置された門は、正門・西門・東門にそしてたどり着けるものが少ないという裏門。

 結局裏門で刻印されるはずの印を僕は見ることが出来なかったが、その他の門を潜り抜けた候補者たちの手の甲には、似通った印が押されていた。

 そしてその中でも、3つの門の刻印とはまた違った刻印を持つ者が居ることに、僕は気付いた。

 それは他の印とは違い、そう、そのまんま羽根を単純に描いただけのような、そんな印だった。

 逆の意味でとても目立つ印だが、今この時間になって見ると、その印を持つ者が異様に減っていた。

 というか、ほぼ見つけられなかった。まるで、最初から居なかったかのように。


 僕はその疑問をそのままキースにぶつけた。


「ルクはそういうところを実に良く見ているねぇ。ああ、そうだよ。そうだね、きっとこの後会う事になるから楽しみにしておいて。」


 キースは、相変わらず笑ってる。


「受付からこの今まで、というかこの中央広場までで実は殆どの選考が終わっている。」

「それも、何かの術式を仕込んでいる、と言う事でしょうか。」


 キースはその美しい碧の眼を更に輝かせるかのように、僕を見つめた。


「ルク、やっぱり君は正解だよ!さぁ、では、どこにその仕掛けがあるかは、分かったかい?」


 僕はキースと歩いてきた道のりを思い出すまでもなく、答えは出ていた。


「石畳、ですね。」

「正解だ!」


 キースは僕を抱き上げると高々と持ち上げた。

 そしてまるで僕を、陽の光に透かすかのようにして眺めると、その腕の中に抱きしめて激しく頬擦りをする。


「いやぁ、私は今まで弟子は取ったことがなかったんだけどね、ルク、君は良いよ。君は僕の中を照らしてくれる光だ。」

「あっ、ありがとうございます。」


 キースの圧で、僕は口を動かすのがやっとだった。

 周りの目を気にすることもなく振舞うキースは、やはり、大物なのだろう。

 そういう僕も、正直、どう反応すれば良いのか全く分からなかったのだが。


 手の甲に付けられた魔術の印、それが複雑であればあるほど能力が高いことは何となく想像が付いた。

 今中央広場に残っているもの達の印は、ある意味芸術と言うか、どこかで見た部族の刺青のように、魅力的な模様をしている。

 つまり、本番はここからなのだ。


 散々キースにこねられた後、僕はようやくその腕から解き放たれた。


「ちょっと野暮用を済ませてくるから、ルク、ここで待っていてくれるかい?」

「分かりました。」


 キースは白い衣を翻し、中央広場のその中に仮設されたであろうその大きな天幕へ向かって歩いて行った。

 天幕はその生成りの張に、何で染め上げたのだろうか、なまめかしい濃い槐で大業に飾られ、その頂上部分に金糸で大きく天秤の絵が刺繍されているようだった。

 遠めに見えるその槐に映える白い賢者は、まるで一枚の絵のようだ。


 その時、後ろから声を掛けられた。


「おい、お前、魔術師か?」


 僕は慌てて振り向く。正直に言えば、ついさっきまでそこに人の気配を感じてはいなかったのだ。


「いや、僕はただのルクだ。」


 ありのままを答える。


「ふぅん。俺はゼニス。ゼニス・ゼスト。お前が丸腰で弱そうだから声を掛けた訳じゃないぜ。」


 僕と余り背格好の変わらないその少年は、浅黒い肌に銅褐色の瞳、長い黒髪をあるがままに無造作に散らし、腕組みをしていた。

 黒い革鎧に短剣が2本。どうやら、その小ささを活かした戦いが得意なようだった。


「お前も南方人に見えたんだが、違うみたいだな。」


 ゼニスは言う。


「何でそう思うんだい?」

「眼と気配。」

「気配?」


 僕の眼の色、この透けるような灰色の眼は珍しいのだと聞いたことがある。

 ただ、気配とは、どういう事なのだろう。


「南の奴の雰囲気とは違うんだよな。俺も上手く言えないんだけどよ。」

「だから、魔術師かと思ったってこと?」

「そうだ。ここに丸腰で立ってるなんて、それくらいだろ。」


 僕は改めてここを見る。

 そうだ、ここは中央広場。間もなく始まる本当の選別、『勇者』候補の集まる場所だった。

 人々は皆、己の最も得意とする武器を持っているのが当たり前。

 その中で丸腰な僕は悪目立ちしたようなのだ。


「うん、でも、実際…。」


 と僕が言いかけたその時、ゼニスの後ろから大剣が振り下ろされようとしていた。

 ゼニスは気配を察して横へ飛びずさる。


「おいおい、駄目じゃないか。今のは避けないで受けるところだろ。」


 上半身を露わにした風体の、利き腕を鎖帷子で着飾った男が笑いながら立って居た。

 腰には、皮で作られた太い帯が巻かれ、数々の装飾が施されている。


「何だよ、まださっきのこと根に持ってるのかよ。」

「いやぁ?俺は器の大きい男だからな。そんなことはもう気にしてないさ。ただな…。」


 男はゼニスに再び狙いを定めてそう言った。


「お前の存在が気に喰わないだけさ。」


 そう言うとその男は再び大剣を構え、ゼニスに斬りかかる。

 止める者は、ここには誰もいない。

 こんな小競り合いは今のこの場では珍しい事ではなく、誰もがそれを情報収集の場なり、余興なりで楽しんでいるようだった。


 お互いの力量を試すかのような大振りなやり取り。

 しかし体格差はあるとは言え、それは大きな問題ではなく、むしろ大剣相手ならゼニスの方が有利に見えていた。


 ただ注目すべきは、その男の動きが大剣持ちにしては、予想以上に身軽だったことだ。

 そう、大剣は、囮。

 大振りの隙に斬り込んでくるだろう相手を、その手元で刺す戦いこそが、男の本分のようだった。

 あの腰帯の飾りも、仕込んだ武器を隠すためのものだろう。


 男の切り札が出される刹那、僕は咄嗟に、二人の間に割って入っていた。

 考えと同時に動いてしまっていた。


「あの、勝手なことをしてすいません!」


 僕は男が腰帯に隠していた楔を取りあげてその左手を抑制しつつ、ゼニスが短剣を構えた右手を掴んでいた。

 慌てて僕が手を離すと、二人とも数歩後退り距離を取ってくれたようだった。


 男は大剣を担ぎ直し、石畳の上に転がる楔を拾うと、僕たちを見ることもなくそのまま人混みの中に消えて行った。

 どうやら、これ以上事を大きくする気はないようだ。

 その背中を見送ると僕は大きく息を吐いた。


「はぁ、流石に危なかったね。」

「はぁっ!?危なかったのはお前だろ!!何だよあれ!」


 ゼニスは僕の胸倉を掴み、前後に激しく揺すりだした。


「さっき言おうとしたんだけど、武器を持ってないからといって、武器が使えない訳じゃないよ、ってこと。」

「相手の武器を、盗むのか。」

「盗む訳じゃないよ、ただ、その、使わせてもらったっていうか。」


 実際は、何でも武器にしろって話だったと思う。

 その場その場でできる限りの選択すること、見たもの全てをそのまま受け入れてはいけないということ、戦う事の本分を見失わないこと、と言うのは、僕にとっては幼いころから骨身にしみている教えだった。

 大剣が武器でも短剣が武器でも、それを使って来るとは限らない。相手が狡猾であればあるほど、それは相手に印象付けるための囮である、って話だったと思う。


「そうか、お前、狩猟民族なんだな。」


 ゼニスは一人納得をしているようだった。


「そうなの、かな。」


 僕は教えを思い出す。

 確かに、そうしなければ食べて行けないという事だった気がする。

 兔を狩るにも、それを手にするまでは全力を尽くせ、だったっけか。


「ま、ありがとよ。公式試合を前に無駄な体力を使うとこだったぜ。」


 ゼニスは左手を差し出した。


「もしかして…。」


 僕は握手をしながら考える。


「そ。俺もこの左手が武器さ。」


 握ったその手をそのままゼニスは引き寄せ、僕に耳打ちした。


「今度会ったら勝負してくれよ、な!」


 そう言うと、ゼニスは中央広場の人だかりに溶けるように消えて行った。

 それは一瞬の出来事だったと思うのだけど、今の僕たちの出来事は何人かに監視されていたようだった。

 僕はその目線の、気配の先を探そうとするが、目が合ったのは、城壁の上高く高くそこに足を掛けて留まる一羽の大きな烏だけだった。


「お待たせ。」


 また不意に後ろを取られた。相手がキースなら仕方ないのかもしれない。

 とは言えこんな僕だから、どうにも、ゼニスの言う狩猟民族であるとは、いささか間違いなのかもしれないと思うのだった。

 キースの白い衣、その胸には、何故か真っ赤な天鵞絨のように滑らかな花びらを持つ、美しい花が一輪、刺さっていた。


「綺麗ですね。」

「だろう?さ、行こうか。」


 僕たちは、中央広場を背に、次の戦いへ向かう候補者たちとは逆の方向へ、その独立自治区を収める中枢が二省のその、賢者省へ向かうのだった。

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