第3話 舞台裏の出来事

「さて、ルク。折角だから、公募試合。見て行くかい?」


 実際に参加するはずだったその試合の内容に、僕が興味を持っているのは勿論な話だった。


「はい。」

「あ、ま、本当に見て欲しいのは、その仕組みのところなんだけどさ。」


 と言って大賢者キースフリーは、僕の名前が書かれた羊皮紙を取り出し、軽く息を吹きかける。

 僕の名前は、風に乗って吹き飛ばされ、消えて行った。


「はい、再生完了。で、ルク。これなんだと思う?」


 白紙になったその羊皮紙を、僕は受取った。


「羊皮紙…ではないですよね?」


 恐らくは何度も同じ用途に使われているだろうその「皮」は、厚み、重さ、何もかもが僕の知っている一般の羊皮紙と違っていた。

 中に魔術式が込められているのを省いても、その皮目の違いは明らかだった。


「正解。それ、獣皮紙(じゅうひし)って言ってね。魔力の高い魔物の皮で作ってある。何枚か重ねて叩きのばして仕上げてるから、丈夫だし、しっかり元手が取れる位には役立ってるよ。」

「凄いですね…。」


 僕はその獣皮紙を撫でたり透かし見たりして、思わず感想を漏らす。

 そして視点を戻すと、やはり満面の笑みの大賢者様がそこには居た。


「だろう?これ、自慢じゃないけどね僕の作品。じゃ、早速行ってみようか!僕の弟子の初仕事だ。」


 未だ寒空に浮かぶ僕たちだったが、大賢者キースフリーがその白い衣を大袈裟はためかせたその次の瞬間には、正門と思しき場所、その城壁の上に足を付けていた。


「この正門は、受付が8組並ぶ規模だけども、通れるのは大体3割程度。そして残念ながら毎回、詐欺と言うか何と言うか、獣皮紙の偽物を使おうとする奴もいてねぇ。たまに、こちらの兵卒も買収されちゃったりなんかしちゃったりしてさ。私がルクの居る門に遅れたのも、そのせい。私は本来、時間に正確な男なんだよ。」


 と言う割には随分と嘘っぽい、そんな言い回しだった。


「あの、大賢者キースフリー・カラ…」

「君が私の名前を一発で覚えたことにも驚くけれど、私のことはキースでいい。何だい?」

「名前を呼ばれたのに通されない人が居るのは、何でですか?」


 僕は見たままの光景を質問した。


「良く気付いてくれたね。さて、この獣皮紙に組み込まれた魔術式だけども、まずは名前を書いた者が相応しいかどうかの資格を判定する。名前が残ったら、今度はこれを持った者がその名前を呼ぶ。そうすることで相手に次の術式を乗せる。この魔術式は、手の甲に管理番号が、って言っても普通の人には見えないんだけども、ある模様が刻印される訳だ。それが完了すれば、紙の上の名前は消されて、また次の候補者に連続して使えるって言う手順だよ。」


 と、キースはしゃべり出した。


「名前が消えないということは、紙が偽物、と言う事でしょうか。」

「そうだね。上手くすり替えたみたいだけど、残念な事にその偽物を使った彼は、並ぶ窓口を間違えたようだね。あれは一番の堅物に当たってしまったな。」


 キースは、肩を揺らして愉快そうに笑った。


「ほら見て。粛清されてる。」


 粛清という言葉はこういう時に使うものなのかと、僕は改めて考えながらその先を見た。

 その受付に対してあらん限りの大声で場を荒げていた大男は、自分と同じような大男に首根っこを掴まれ、投げ出されていた。

 何とも豪快な風景だった。


「あーね。あーいうのを見たさに、正門には人だかりが出来る訳。露店も多く集まるしね、皆商売が上手いよ。」


 と言ってはいるが、そういう環境を作ったのは、きっとこの目の前の大賢者なんだろうと僕は思った。


「あの、手の甲の刻印って、何を意味してるんですか?」

「ルクには見える、ってことか。あれは簡単に言うと、階級と適性を割り振ってしまっている。」

「割り振り?」

「そう。ルク、君はこんな盛大な催しが、勇者を継ぐ者を探すだけのものだと思うかい?」


 大人と言うのは、悪巧みが上手く行っている時ほど純真な笑顔を見せる、と言う教えを思い出していた。

 しかしキースのこの笑顔は、本当に心の底から全てを楽しんでいるようなのだ。


「実際、勇者の適正がある者とか、滅多に生まれては来ない。居たとしてもほんの一握りだ。だが、それ以外の適正や可能性があるとしたら。この自由都市で思う存分その力を活かして欲しいとは思わないかい?」


 僕たちは城壁を歩き、西門の上に来ていた。


「もしかして、それぞれの門にも、それぞれの適正が集まるような仕組みがあったんですか?」


 正門を通った人達に刻印されていたそれと、この西門を通り抜けた人達のそれは、それぞれ形状が似通ってはいるものの、その特徴が違っていたのだ。


「良く見てたね、ルク。正解だよ、正解。私はこれでも面倒なのが嫌いでね、極力楽を出来るように、門にも魔術式を組み込んでるのさ。」


 楽をしたいから、とは言うものの、実際このキースの仕組みでどれ程の時間と労力が減っているかは想像に難しい訳ではなかった。


「確かに、これは便利ですね。」

「だろうだろう?!君がこれから所属するところは、こういうものを創り出して、暮らしを便利にするってこともしてるのさ。ちょっとは興味でたかい?」


 だとして、僕が辿り着いた裏門は。


「裏門は、どんな適正が集まる門だったんですか?」

「万能型。」

「はい?」

「万能型。すべての可能性を持った者だけがあの門にたどり着く。実際、ほんの数名だよ。」


 ほんの数名が辿り着く裏門。

 僕はあそこに導かれるべく導かれた、と言う事なんだろうか。


「そして万能型でしか、真の賢者にはなれない。そう言う事。」


 キースは、片眼鏡に覆われた片方の瞳を閉じて、僕に目配せをした。

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