女子高生に監禁される

アズマライト

第1話 黒髪ロングの優等生with『7つの習慣』

①主体的である

②終わりを思い描くことから始める

③最意優先事項を優先する

④Win-Winを考える

⑤まず理解に徹し、そして理解される

⑥シナジーを創り出す

⑦刃を研ぐ


スティーブン・R・コヴィー 著『7つの習慣』


********************


 目が覚めると俺は、見知らぬ部屋に監禁されていた。

 ベッドの上に寝かされ、手足を紐によって縛られ、Iの字になるように拘束されている。

 そのため、その場に転がるように寝返りは打てるが、ベッドからは離れられない。

 さて、どうしてこうなったのか? 記憶を辿る。 

 俺は、いつものように会社に向かっていたはずだ。自宅を出て、駅に向かって、いつも通る住宅街を横切って……。

 それ以降の記憶がない。

 窓の方に首を回すと、ありきたりな目覚まし時計が目に入る。時刻は、朝の10時。普段俺が家を出る時刻は7時半だから……最低でも2時間くらい? 気を失っていたのか。

 この状況に合致する仮説を立てよう。

 ⑴俺が道端で倒れて、誰かが介抱してくれた。

 まだ7月とはいえ充分暑い、熱中症の可能性もある。

 だとしたら手足を拘束されているのはおかしいだろう? 俺は暴れ脱すタイプの患者ではないし、ここは精神病院ではない。

 ⑵俺が道端で倒されて、誰かに監禁された。

 認めたくないが、この可能性が高い。

 しかし、なんのために? 金目当てだとしたら、二十代のサラリーマンを攫うのはコスパが悪いだろう。親父狩られる年でもないし、そもそも世帯も持っていない。

 身代金目当ての誘拐か? だとしたら、今度は逆にコスパが悪い。社会人を狙うな。大きくても、高校生を狙え。いや、ダメだけど。

 ところで、さっきから非常に気になることがある。この部屋のインテリアというか、雰囲気なのだが……。

 俺は窓から部屋の中へと視線を移動する。

 まず、俺の隣で、クマのぬいぐるみが添い寝している。使い古されて、くたっとしているのが可愛らしい。ここは、女性の部屋だろう。 

 ベッドの隣の勉強机には、高校の教科書や参考書、赤本が並べてある。現役の高校生の部屋だろう。

 向かいの棚には、化粧品やヘアアイロンといったスタイリンググッズが、こぢんまりと置いてある。そして部屋全体が、バニラのような甘い香りで満たされている。

 ここから導き出される結論は……女子高生の部屋。

 まさか、俺が現役時代ですら、ついぞこの目で直接お目にかったことの無かった聖域に、足を踏み入れ、ベッドに寝そべることになろうとは。何という背徳感。どころか、罪悪感すら感じる。

 俺は背中でマットレスの反発を感じながら、大きく息を吸った。リラックスするため。ではない。

 現役女子高生の出す生活臭の残り香を摂取するためだ。効果は、むしろ興奮を呼ぶ。

 しかし……この状況。

 『女子高生」

 『部屋』

 『監禁』

 『サラリーマン』

 なぜだろうか、どの言葉の並びでも、被害者であるはずの俺が犯罪者にしか見えない。

 多分、通報したら自首になる。

 俺はそこで、外部への連絡を諦めた。元より、携帯をポケットから取り出して、操作する手がない。それは、頭の上で拘束されている。

 ブッブーと、次の瞬間。着信を知らせるスマホのバイブが鳴った。音の発生源は、頭の隣のぬいぐるみの下。

 頭突きでクマを弾き飛ばすと、出てきたのは、俺のスマホ、画面の表示は、俺の会社から。

 どうしてここに? それに、外部との連絡手段をわざとらしく残されている?

 何かの罠ではないかと疑いながらも、少し逡巡した後で、応答した。顎で画面に触れるだけだ。

 聴き慣れた上司からの声だった。ああ、どうやら本当に外部と連絡が取れたようだ。

 心配する上司に対し、俺が取った行動は、

「すみません……夏風邪、引いたみたいで……ええ、馬鹿にはなってないです。ただ、動けないので今日一日有給を頂けますか?」

 と、死にそうな声で暇を頂くことだった。

 通話終了。俺は顎での操作で、スマホを機内モードに設定し、連絡が来ないようにした。

 そうして、再び眠りにつくことにした。

 この状況を素直に伝えて、信じて助けに来てくれるような非常識な人間は、あいにく知り合いに心当たりがなかった。

 今の俺は、今や俺は、女子高生の部屋のベッドで、朝から眠る変態である。

 犯罪にすれば、冤罪にはならない。そんな暴論を吐くつもりはない。ただ俺は、本能に従って、極めて合理的に行動しただけだ。

 俺はその場で半回転してうつ伏せになり、枕に顔を埋め、深呼吸をした。

 髪の匂いか、寝汗の匂いか、その融合か。どちらにしても、駅で女子高生とすれ違う時に漂う、あの鼻から入って脳を破壊するような甘美な香りが、今、顔全体を覆い尽くしている。まるで、本人の頭に、直接顔をくっつけているような感覚。

 ああ、俺の取った行動は正しかった。

 ①主体的に匂いを嗅ぎ、

 ③最優先事項(匂いの確認)を優先した(匂いを嗅ぐ)。

 新入社員研修の時に配られたあの本が、コヴィー先生が、俺の行動を肯定している。

 ありがとう、そしておやすみなさい。

 俺は夢心地のまま、本当に夢の世界へと落ちていった。


********************


 ガチャ。

 部屋の扉が開く音がした。

 時刻は夕方の5時、俺は喉の渇きよって、とっくに目を覚ましていた。

 部活のない高校生なら、確かに帰宅する時刻であるが。果たして、ドアの向こうから姿を表したのは。

「ただいま」

 すらっとした長い手足。スカートにブレザーという制服姿に身を包み、スクールバッグを肩に担いで、長い黒髪を綺麗に伸ばし、今風のメイクをした。

「……おかえり?」

 正真正銘の、女子高生だった。

 俺は起きてから今の今まで色々考えた。この状況を、知り合いによるドッキリなんじゃないかとか、人違いで、テレビの変な企画に巻き込まれたんじゃないかとか。

 それが、え……? 

 リアルに? 

 リアル女子高生? 

 何の捻りも間違いもなく? 

 この絵に描いたような清楚さ、優等生感を体現した存在が? 

 成績優秀、品行方正、清廉潔白を地で行くような子が?

 俺を拘束、自室に監禁したのか?

 俄には信じがたい。しかし、彼女の落ち着いた、というよりも、全てを受け入れたかのような表情が、彼女の犯行を裏付けていた。

 家に帰って、見知らぬサラリーマンがベッドに拘束されいたら、俺でも悲鳴を上げる。

 ただ、彼女が犯人だとすると、それはそれで得体の知れない怖さがある。動機も目的も不明である。

 なので、極力相手を刺激しないように、丁寧に声をかける。

「あの……っ!」

 しかし、俺の腹に鞄が投げられ、物理的に言葉を遮られる。

 ポイっと放られた程度だったが、広辞苑でも入ってんじゃないかと思うほどの質量に、一瞬息が詰まる。

「君はなんで……」

 今度は、俺の顔にブレザーが投げられ、物理的に言葉を止められる。

 これは言わずもがな、彼女が今さっきまで着ていたものである。

 初夏に外を歩き回ってきた、女子高生の着たブレザー。香水と汗が混じり合った匂いが、至近で、顔全体を覆いつくす。

 これはいけない。枕とブレザーによる頭のサンドイッチ。顔全体が、不思議な甘い空気に包まれる。

 こんなの、彼女に抱きしめられているようなものじゃないか……!

「スーハー……じゃなくてブハァ!」

 俺は物凄い頭の回転によってブレザーと煩悩を跳ね除ける。

 危なかった。幸福感と安堵感で窒息するところだった。

 そして、この状況の説明を求めるべく、彼女に目を向けた。

「……あの」

 彼女は、椅子に座って、勉強を始めていた。

 デスクライトをつけ、ワークを広げ、一心不乱に問題を解いていた。

 どうして平然として居られる? 

 まるで、何事もないかのように、そこに、誰もいないかのように。

 そこで俺の中に、新たな仮説が浮上した。

 もしかして、俺の姿が見えていないのだろうか?

 いやいや、だとしたらどうしてピンポイントで手首と足首を縛れる? ポケットからスマホを取り出せる? そうだ、手に持っていたジャケットまで、畳まれて置かれているじゃないか、床に。

 それともこれは全て俺の自作自演だというのか? 例えば、俺が透明人間になって、女子高生の部屋に侵入して、ベッドの上に寝転がって、自分で手足を縛って、部屋主の帰宅を待っていた、とか……?

 気持ち悪い。

 それはもう、犯罪者を通り越して妖怪の類である。例え正気を失っても、そんな狂気に走らないと、自分を信じたい。

 やっぱり彼女の犯行だよな。

 彼女は依然として、勉強を続けている。

 いつの間にか、長い髪が後ろで縛られ、ポニーテールにされている。

 それによって、産毛が不連続に生えた、彼女のうなじが見える。

 さらに、それが彼女の勉強スタイルなのか、片足を椅子の上に立てている。

 自然と、スカートが捲れ、見せつけるように、太ももが根元まで露わになっている。それでいて、こちらからは絶妙に『中身』が見えない角度で、膝が固定されている。

 無防備。大胆ですらある。

 ……本当に、俺の存在を認識できないのか? 

 試してみることにした。

 俺は神妙な顔つきで、ボソッと呟く。

「……コヴィーがビールを媚びーる」

「……ッん」

 今、ちょっと笑ったな。やっぱり見えてるし、聞こえてるじゃないか。

 それにしても、女子高生が『7つの習慣』を読んでいるとは、末恐ろしい……じゃなくて、幸先が良い。

 赤本も、有名国公立のだったし、頭は良いみたいだ。

 なんで俺なんか誘拐したんだ?

 立場上こちらの方が不利である(拘束されている上、警察を呼ばれたら百パー負ける)ため、下手に出て、交渉をする事にした。

「あの……水を頂けませんか」

 まずは簡単な要求を通す。そして相手にイエスと言わせた後、本命を提示する。

 という作戦だった。

 彼女は顔をこちらに向けると、足を下ろしてから体ごと向き直り、そして、こちらに顔を寄せてきた。

「あ、あの……」

「……」

 彼女が無言で、覗き込むように見つめてくる。

 フワッと、ジャンプーのいい匂いが漂ってきた。

 息が掛かるほどの至近距離、ぱっちりとした目元や、ぷるんとした唇が、しっかりと見える。透き通るような肌の、毛穴の数まで数えられそうなくらい。

 無抵抗、無防備、そんな状態の俺の体は、何故か、急所を大きくするという暴挙に出た。

「……あ」

 何やってんだよ……! 俺の体……!

 彼女は、俺の身を捩る動作から何かを感じ取ったのか、あろうことか目線を下げた。

 ふっくらとした股間を、ばっちりと見られる。

 終わった。俺の尊厳。何という、羞恥の極み。電車で視姦を受ける女の子はこんな気持ちなのだろうか。耐え高い、屈辱。

 ところで、さっきから腰回りに変な圧迫感があるんだけど……まさか?

「大丈夫、ちゃんと吸収してくれるから」

 そう言って彼女は、俺の口に、何処からか取り出したペットボトルを近づけた。

 喉の乾きから、反射的に飲む。飲みながら、彼女の発言を反芻する。

 やっぱり、オムツを穿かされているようだ。股間の膨らみは、排尿で処理ささたらしい。どちらにしても恥ずかしいけど。

 流石は優等生、排泄の問題は既に解決済みか。

 ……待って、オムツを履かされているっていうことは……見られた? パンツ越しに履かせても、意味ないもんな。

 しかし、確認できない。自分でも、目の前にいる本人にも。

 そこで、婉曲的に聞くことにした。

「なあ……どうやって俺を監禁したんだ?」

「理科室から借りたクロロホルムを嗅がせて気絶させたわ。それから、宅配便を運ぶような台車に乗せて、部屋まで運び、ベッドに乗せた。その後、ジャケットを下を脱がせてオムツを履かせ、手足を縛った」

 懇切丁寧に手順を説明してくれた。

 コイツが犯人で間違いはなさそうだ。

 それにしても、俺をベッドの上まで持ち上げるとは、見かけに依らず、相応の力持ちのようだ。

 それはさておき、聞き捨てならないワードがあった。

「クロロホルムって……一応危険な薬品だからな?」

「だからちゃんと時間と分量と希釈を計算したのよ」

 それはありがたくもあり、それ以上に恐ろしい。  

 つまり、計画的犯行だったということじゃないか。

 となるとやはり、知っておきたいのはその動機だ。

「なぁ、何で俺を監禁……」

 そこで、俺は急激な睡魔に襲われた。

 そう言えばさっきのペットボトル……口をつけた時、少し苦かったな……。

 睡眠薬入り、だったのか?

 ともあれ、俺はこの部屋で二度目の睡りに落ちた。


********************


「……ん?」

 次に目を覚ました時刻は夜の8時。日もすっかり沈んでいる。

 しかし、肌寒さは全く感じない。どころか、暑くてしょうがない。

 なぜなら

「……⁉︎ お、おい……」

「……スー」

 俺を監禁した制服姿の女子高生が、俺に覆い被さるように眠っていたからだ。

 俺の胸を枕代わりに、頭を横にして乗せ。両腕は、俺の脇の下から通し、ガッチリとホールドしている。

 暑い、重い、しかし柔らかく、決して抗えない。

 なぜこんなことに……? いや、それよりもこの体勢はヤバい!

 俺は体の一部の暴走を恐れ、意識を別の場所に向ける。

 勉強がやりっぱなしの机の上には、俺に投げつけたカバンとブレザーが乱雑に置かれていた。

 帰ってすぐにベッドに物を置いたのは、自分にそこで眠らせず、勉強させるためだったのか。

 なんともストイックだ。

 そしてこれは何だ……⁉︎

 結局、すぐに意識を、目の前の彼女に引き戻される。

 どうして俺を抱き枕にして寝ている⁉︎ 抱き枕、というか扱いとしては敷布団か? いや、そんなことはどうでもいい! 理由は? 学校と勉強で疲れていたから? いや、そうじゃなくて! 

 そもそも、俺が監禁されている理由さえ知らないんだが⁉︎

「おい、起きろよ! 家の人とか……そろそろ帰って来るんじゃないのか?」

 俺の今一番の心配事はそれだった。もし、こんな現場を親御さんに見られた場合、冤罪で、俺の人生が終わる。

 冤罪か? 文字通りの不可抗力でもギリ犯罪じゃないか? 俺は最低でも会社から、最悪の場合だと社会から追放される。

 ところが、彼女からの寝惚けた声の返事は、安心できるものだった。

「ん〜大丈夫……お母さん、今日は、遅くまで仕事ある日だから……」

 心安まるというか、心躍る返事だった。

 いや、この思考は流石に犯罪的だろう。

 高校生カップルじゃないんだから。

「お母さんはそうでも……お父さんは帰ってくるかもしれないだろう⁉︎」

 その場合、即座にこの世から追放されかねない。

 仮に俺に娘がいたとして、家に帰ったら、スーツ姿の知らない男と寝ていたらどうするか? 事情を聞く前に、顔の形が変わるまで殴るだろうな。

「お父さんはいない、もう、帰ってこない」

「……」

 心躍るなんて言った自分を反省した。

 母子家庭か。

 そして、お母さんは遅くまで仕事がある。

 この子は、家で一人で、勉強に励んでいた。アルバイトをして家計を支えるという選択肢もあるだろうが、勉強をすることを選んだ。

 将来的には、その方が支えになると考えて……?

「……あ」

「おはよう」

 そこで、彼女がしっかりと目を覚ました。

 目を驚きに見開き、口元は、何かを弁明しようとモゴモゴと動いてる。

 自分が見知らぬ男に跨り、抱きついていることよりも、寝惚け頭で言ったことを後悔しているようだ。

 俺は彼女にかけるべき言葉を考えた。監禁され、拘束され、恵まれているとは言えない家庭環境を知った、部外者の俺が、何を言えるだろうか。

 迷った挙句に、俺は、真っ直ぐ彼女の目を見て、極めて神妙な顔つきで、言った。

「ごめん……もう少しだけ、匂い嗅がせてくれない?」

 顔面を、机の棚の赤本で殴られた。

 角ではなく、背表紙で叩かれたのは、彼女なりの優しさだと思う。


********************


「本当に……ご迷惑をおかけしました」

 彼女はそう言って、俺の拘束をあっさりと解いた。

 さっきまでとは別人のように塩らしい。椅子の上で両手を膝の上に揃えて、ちょこんと座っている。

 俺はベッドに腰掛けながら、彼女に向かい合う。そして、彼女の抱える問題に向き合う。

「私……自分の現状を誰かに知って欲しかったんです。父親が消え、残った母親が一人で私を育て、私は家で寝たきりになった祖父の世話をしている状況を」

「……」

 詳しく話を聞くと、彼女の家庭環境について、以下のようなことが判明した。

 最初は、彼女と親子の三人暮らし。父親がサラリーマンで母親が専業主婦の、一般的な中流家庭だったそうだ。

 それから、祖父が高齢になって、認知症を発症したため、同居するようになった。

 ここで彼女が高校生になる。大学への資金や、祖父の養育費のため、父親は一層仕事に励むようになった。母親も、元々持っていた介護の資格を使って、パートタイムの仕事を始めるようになった。この頃から、彼女はあまり両親と顔を合わせなくなったそうだ。それは、二人が仕事で忙しく、時間的に合わなくなったことと、自分が負担になっていると思い、心理的な負い目から会えなくなった、両方の意味を含んでいる。

 ある日、父親が帰って来なくなった。理由は分からない。ただ、しばしば見知らぬ女性と出歩いてたという目撃証言があるだけだ。

 金は口座に振り込まれる。しかし、母親は、父親を拒絶するように、そのお金は一才使わず、自力で生活できるように、仕事を増やした。コスパの良い、夜の仕事にも、手を出した。

 そうして、家に残された彼女は、寝たきりになった祖父の世話をしながら、空いた時間をひたすらに勉強に充て、学費の安い国公立の大学への入学と、あわよくば、成績優秀者に与えられる、返済不要の奨学金を狙っているらしい。

 その話を聞いて、俺は、自分が監禁された別の理由。あまり考えたくない理由に、思い至った。

「お前……まさか、夜の仕事を始めるつもりじゃないだろうな。俺を、練習台にして」

「……私、男性経験が無いの。だから、少しでも慣れておこうと思って」

「いや手段がおかしいだろ⁉︎ そういうのは……彼氏とかつくればいいいだろ。お前、顔良いし、普通にモテるだろ」

「恋愛に時間を取られてしまったら、勉強できないじゃない」

「優先事項は分かっていそうなんだけど……」

 どこかが決定的にズレている気がする。

「私は何としても良い大学に入って、良い企業に入って、自立できるだけの稼ぎを得るの! 体も、心も、売らなくて済むように……! そのためなら、今、辛い勉強をするように、少しくらい辛い思いをすることくらい……」

「いや、それはダメだ」

 俺は、ハッキリと彼女の主張を否定した。

「どうして……? どこかで辛い思いをするなら、今のうちにしておくべきでしょう?」

「勉強はな。けど、それ以外はダメだ。お前が思っている以上に、お前は弱い。というよりも異常だ。普通の女子高生は、人を監禁したりしない。お前の場合、どこか常識的なリミッターが既に外れてるんだよ。だからきっと、どんな犯罪にも手を染めかねない。そして、一度そっちの世界に踏み入れると、将来に渡って遺恨を残す。いつかキャリアに傷をつける」

「じゃあ私はどうすれば良いの? お母さんのお金で、大学まで、ずっと養って貰うの?」

「そうだ、それは親の責任だ。大学まで行けば、バイトする余裕くらい生まれるだろう」

「でも、普通にバイトするんじゃコスパが悪い。やっぱり、そっち系のバイトも……」

「もっとコスパの良いバイトがあるんだが、興味はないか?」

「……え?」

 俺は、自分の会社の名刺を取り出して渡す。

「これ……大手コンサルの……」

「お? よく知ってるね。そう、通年でインターンを採用してるんだ。もちろん大学生からで、しかも有名大学限定だけどね。どうかな? 仕事は過酷だけど、給料は高い。それに絶対に将来役立つと保証する。因みにここだけの話。選考にも有利になったりしてね」

 そこまで言わなくても、彼女の意思は固まったようだった。凛とした目つきで、まっすぐ俺を見て言う。

「あと一年……待っていて下さい」

「うん。やるべきことは決まったかな?」

「はい、勉強して、良い大学入って、貴方の会社で稼がせてもらいます、お金も、キャリアも」

 これにて、一件落着。 

 ①『主体的である』……俺を計画的に監禁した。

 ②『終わりを思い描くことから始める』……大学入学と、俺の会社のインターンへの参加、そして就職。

 ③『最優先事項を優先する』……今は受験に向けた勉強に集中する。

 ⑥『シナジーを創り出す』……俺を監禁した胆力を、勉強や仕事に生かす。

 ⑦『刃を研ぐ』……勉強をする。

 この五つを、彼女は見につけた。きっと、俺の会社でも活躍できるだろう。

 ⑤『まず理解に徹し、そして理解される』これは、俺の得点でいいかな? 彼女の家庭環境を理解して、そして彼女が本当にするべきことを理解してもらう。誘拐犯には、丁度いいお節介だろう。

 

 と、話がここまでなら、それなりに綺麗な終わりなのだが、彼女は俺が帰る直前に、あるお願いをしてきた。

「大学へ入る勉強とは別に……介護についても勉強しておきたいの。母親の仕事であるし、将来、介護の現場をもっと良くしたいと思っているから。だから……一緒に、お風呂に入って貰えないかしら? 貴方が、要介護者役で」

「……」

 それは④『Win-Winを考え』ての提案だね、素晴らしい。ぜひ一緒に入ろう。

 とは、流石に言えず、丁重にお断りして家から立ち去った。

 何がWin-Winだよ。

 俺は十分いい思いをして、さらに会社にとってプラスになる優秀な人材をスカウトできたんだから、こっちが勝ちっぱなしである。


********************


 上機嫌なままの帰り道、俺は後頭部に衝撃を受け、倒れた。

 一難去ってまた一難。

 次の監禁へ……続く?



 

 

 

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