第47話「対話」
慎司が一言会話を交わした後に感じたことはただただ「恐ろしい」と言うだけだった。いやこれでは差異が伝わらない。
殺人犯と対峙したこと自体が初めてなのでそこの対比はわからないが、明らかに普通の人と会話をする時の気持ちとはかけ離れている。
いつ殺されてしまうのか。
いつこちらへと駆け出してくるのか。
人と話していると言うよりも獰猛な肉食動物と対峙しているような錯覚を覚える。
「俺と話すのは嫌か?」
「正直に言えばそうだね。できれば早く警察の方に行ってもらえないかな」
「そいつは無理な話だな。俺だって好きで人を殺したわけじゃないし、好きで自由を失いたくはない」
「それでも結果は殺人犯だろうに。罪は罪だ」
「お前、俺に喧嘩を売っているようにいうが、殺されたいのか?」
殺人犯はただ疑問に思ったように慎司に尋ねる。慎司は自分がとても危ない橋を渡ろうとしていることを自覚した。
慎司は恐怖のあまりにこの問答がいつ彼の神経を逆撫でするのかを理解していなかったのだ。
慎司はじりっと一歩、後退した。
涼音は慎司に隠れながら一緒に後退する。
「殺されたくはない。けど話したい、と言うのなら僕はこの話し方しかできない」
「まぁいいさ。今日は機嫌がいい。それに俺だって誰しもを殺したいわけじゃないんだよ。なぁ、わかるだろ?」
「そんなこと言われても......。殺したい、だなんて思ったことはない」
「だろうな、と思ったよ。だってお前、とても満ち足りた顔をしているもんな」
「......どう言う意味かな」
「どう言うも何もそのままだ。誰かに認められて、それを自分でも認めて、気持ちを満たしている。違うか?」
「そうかもしれない」
「俺にはそれがなかったんだ。誰にも認められることなく、誰にも求められることなく今まで生きてきたんだ」
「......辛かったんだね」
「安い同情なんかするな。お前は俺のことを何も分かっていない」
「そりゃそうさ。僕と君は初対面だから」
慎司はちらりと腕時計を見て時間を確かめる。
まだ翔にメッセージを飛ばしてから十分もたっていない。何と言う不運なことか。せめてもう少し遭遇が後であったならば相手が話に乗ってくれている間に四方八方を固めて、一気に取り押さえることもできたはずなのだが、運はあちらに味方しているようだ。
慎司が少し突き放したような言い方をすると、彼ははぁと大きな落胆するため息を吐いた。
どうやら慎司の言葉は彼の望むところでは無かったらしい。だとしても慎司はエスパーではないのでそれをどう読み取れるわけでもない。なので気にするだけ無駄だと思いながらもお人好しな性格がそれをもう少し考えてみろ、と促してくる。
「俺とお前は住む世界が違う。だから見てきたものも当然違う。俺が血反吐を吐くような思いで一日を過ごしてきたのに、お前はきっとぬくぬくと温かい家庭で育てられたことだろう。想像しなくたってわかる」
「......」
「そして俺は自分を可哀想だとは思っていない。当然、辛いとも。だってそうだろう?俺はこの生き方しか知らないんだ。だから何も経験していない奴が知ったような口を聞くんじゃねぇ!」
「......ごめん」
「ちょっと慎司くん?!」
「君の生き方を否定するわけじゃない。でも僕だって普通の家庭が羨ましかった。僕の両親は物心つく前に交通事故で死んでしまって、僕は祖母に育てられた。厳しかったけど、それでも本当の両親がいない僕を大切に育ててくれたと思う」
「慎司くん」
「でもその祖母も去年亡くなった。だから僕は他の人よりも誰かを失う辛さだけは分かってるつもりだし、生きていくためにしたくもないことをしなければならないっていう矛盾もわかってるつもりだよ」
「......」
彼からの返答はない。
涼音は慎司の告白を聞いて背中のシャツをぎゅっと握った。
慎司が「大丈夫」と囁くと涼音は小さな声で「うん」と返した。
「今、俺は何も残っていない。けどおまえは欲しいものがその手の中にある」
「偶然だよ。今の君を作り上げた今までの過程が僕とは違ったんだ。その過程の中で僕は人を殺してはならないことを学んだ。逆に君はダメだと教えてくれる人がいなかった。ただそれだけの偶然さ。もしも僕が今までの人生の中でそう言う人に出会っていなかったら、きっと僕は君の立場になっていただろう」
人よりも一段と集中力が高いのも、人よりも力が強いのと、人よりも勉強ができるのと、人よりも優しいのと、人よりもお人好しなのはどれも慎司が慎司だからと言うわけではなく、今の慎司を作り上げるまでの過程で得た知識や教訓がそうさせているのだ。
「一度は身柄を拘束されるかもしれない。けどその中で君はきっと社会で生きていくための術を学べると思うよ」
「......結構いい話だったがな、最終的には自首しろって言ってんのか」
「まぁそうなるね。僕は民間人だし、それにお嫁さんだっているんだ。君のような危険人物といつまでも悠長に話してはいられないよ。いつ殺されるかわからないし」
「なら分かった。いつまでも話していても埒があかないからな。最後に一つだけ、お前のそのお嫁さんに聞きたいことがある」
「な、何?」
「お前を見た時から心の中がもやもやするんだよ。この感情が何なのかを教えてくれないか?」
涼音は初め、質問の意図がわからなかった。しかし、だんだんと脳に染み込んできて、その質問の意図がだんだんと明白になっていく。
そうこれは恋だ。
その答えは涼音が女の子だからなのかすぐさまでた。
涼音は慎司に隠れながらもはっきりとした口調で言った。
「それは恋よ」
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