第45話「背後」
必要な物品を買い揃えてスーパーを後にした慎司はふと背後から変な視線を感じた。涼音はまだわかっていないようだ。
慎司はとても大きな不安に駆られた。
このまま何も起きなければいいのだが、突如として背後から襲われたり、何もしなくても家までついてこられたりした場合、今後の生活が脅かされる危険性がある。
この際、自分から話かけて見ようか、と思うが涼音がいる以上自分から危険に足を踏み入れることはしたくない。
「特売品があってラッキーだったわね」
「そうだね」
慎司は他愛もない会話をしつつ、後をつけてきている気配に意識を向ける。慎司はそれの一環か、それとも無意識か、涼音をぎゅっと抱き寄せて密着するように歩いた。
「今日の旦那様はいつもより何か積極的ね」
「そうかなぁ?」
「そうよ、いつもは私を抱き寄せて歩くなんてこと、しないじゃない」
「今日は恥ずかしさを捨ててるんだ」
恥ずかしさを捨てている、と言うよりも意識を別のことに向けているのでどうしても恥ずかしさを忘れてしまっている、と言うのが正しい。
しかしそうとは知らない涼音は上機嫌で慎司に抱かれたような形のままで帰宅道を歩く。
片手でレジ袋を持ち、もう片方の手で涼音を抱き寄せる。そして意識は背後から近づいてくる人のような気配に割いて、なけなしの割合でどうにか涼音と会話をしている。
マルチタスクが苦手ではない慎司にしてもこれほどまでの重労働は身体と精神にドンと負荷がかかる。
「いつも捨ててくれてもいいのに」
「いつもは無理かなぁ。涼音ちゃんが捨ててる時はできるだけ僕も捨てれるようにはしたいけどね」
「私が捨てるときは......あるかな?」
「あると思うよ。それにあって欲しいと思う」
「何それ。ふふっ、変なの〜」
慎司の頭の中に涼音の話は本当に半分程度しか入ってこない。耳から入ってきても脳を通ることなく耳へと抜けていくような、目前の壁になってしまったような錯覚があった。
慎司達が曲がり角を曲がる。
慎司はその瞬間に耳に神経を集中させる。
すると懸念した通りに後ろの気配が近くなり足音まで聞こえた。
これは間違いなく、慎司を、いや涼音を狙っているのだろう。
側から見ればまだ慎司も涼音も子供だ。十六歳と十八歳なのだ。何かの間違いで入籍してしまいました、とみられてもおかしくないし、まず普通の人はカップルとしか見ないだろう。
その彼女として見られている涼音が誰しもを魅了する美貌の持ち主だったならば。
同性である女性ならばまだ嫉妬の感情を向けるだけで大それたことはしないだろうが、異性である男性、それも性欲に飢えた男性が姿を見かけてしまった場合、どんなことになるのかは想像に難くない。
それを防ぐために慎司がいるのだが、正直、逃げる、程度の防護策しか用意できていないのであまり役に立っていない。
「......付けてきてるな」
慎司がぽつりと呟いた。
涼音はその一言にハッとしたような表情を見せたのち、ごくりと生唾を飲み込んだ。
「殺人犯?」
「わからない。けど曲がり角で急いでついてきてたから僕達を付けていることは間違いない」
「どうする?」
「......涼音ちゃん、荷物を全部持って家まで帰れる?」
「そりゃあ......主婦舐めたらあかんでぇ。......でもちょっぴり怖い、かも」
涼音を先に家に帰そうとしても実は付けている人が一人だとは限らない。実は別の場所で待っていて別行動をした瞬間に何かしようという魂胆があるのかもしれな。まだ脱走中の殺人犯と決まったわけではないが、そういう最悪の事態を想定しておくことは悪いことではないだろう。
「翔先輩にメッセージを送っとく」
「気づいて警察に電話してくれるといいけど」
「いや、警察よりも優秀な人達がくる、はず」
慎司も噂程度にしか知らないのだが、翔は桜花も知らない特殊部隊を持っているらしい。何しろこれまた美人である桜花が結構痴漢行為やストーカー行為などの迷惑行為を被ることが多かったので翔が秘密裏に構成した部隊があるらしい。
「翔さんは実はとっても大物なの?」
「最近は内閣総理大臣の食事会に誘われたとか言ってたよ」
「え、すご」
「でも断ったらしい」
「断ったの?」
「今の内閣総理大臣は翔先輩の同級生で桜花さんに会いたいがために誘ってるらしいから」
「桜花さん大好きな翔さんとしては嫌なところよねぇ」
普通に会話しているのは緊迫した気持ちを落ち着けようとお互いが考えているからかもしれない。
「だから時間さえ稼げれば大丈夫だね」
「ならこのままずっと私と歩いていようよ」
「......」
慎司はじっと黙り込んだ。涼音の意見もありだな、と思ったからだ。しかしいつまでも歩いているとそれこそ疑われて接触を早めてしまうのではないだろうか。
それに慎司は接触するのならば涼音のいない一人の時にしてほしかった。そうすればどれだけ暴行をしようとも慎司だけが被害を被るだけで済むからだ。
「翔先輩が既読をつけたら決めようか」
「そうね、それがいいと思うわ」
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