第44話「買物」


 外出を自粛してくれ、と言われても。

 人は生きている以上、何かを食べなければならないし、社会で生きていくためにはそれに加えて、清潔感や常識的な知識も身につけて置かなければならない。


 連続通りは殺人事件の犯人如きにどうしてここまでしなければならないのだ、と考える人もそろそろ行動を再開しそうな頃、慎司達は食料が底を尽きかけていたので外出することにした。


 依然として殺人犯はまだ捕まっておらず、警察が鋭意調査中らしい。これがもしも遠くの場所で行われていることだったならば逃げ切るのかな、と他人事のように考えられるのかもしれないが近くで行われているのかと思うと早く捕まってほしい、と願うばかりである。


 慎司が一人ならばいいのだが、今は涼音という大事な人がいる。慎司はその人を全身全霊を持って守らなければならない。慎司としては家にいてくれた方が安全なのだが、涼音にどう言うわけか論破されてしまい、涼音も慎司と一緒に外出することにした。


「最近の犯罪者はまず、女性を狙うのよ。そして狙いやすいのは一人の時。だから旦那様、私を一人でお留守番させるのはとても危険なの。......え?戸締りしておけば大丈夫?ちっちっち。今時の犯人はドアじゃなくて窓から入ってくるの。どれだけ鍵を閉めてても割られたらおしまいなのよ?」


 確か、このような感じで攻められたような気がする。

 その時に慎司は何故かそうだな、と感じてしまい、一緒に行動する、自分から絶対に離れない、と言うことを条件に涼音が一緒に外出することを許可したのだ。


 正直、不安ではある。慎司の平凡的な体躯で殺人鬼から涼音を守ることができるのか。そこに確実の保証はできないのだがもうこればかりは仕方がないと諦めるしかない。できることだけをしよう。


 慎司達が訪れたのは近くのスーパーだった。慎司達はすでに常連客と化しており、仲の良いパートのおばちゃんがレジに当たった場合に少し割引してくれることもある。これも涼音が慎司の家に来てから起こったことだ。


 会話もなかったはずなのに気がつけば涼音は誰とでも仲が良くなっていて、色々と便宜を図ってもらえる。その夫として慎司がついていくのでおこぼれをもらうことができる、そんなところだろう。その時の文言が決まって「奥さん大事にしないとこんなに可愛い奥さんなら貰い手はいっぱいいるんだからねっ」と背中に大きな紅葉を作られるところまでがセットである。


 そんなことはわかっている。

 そう喉元まで出かかってもどうしても言い返すことができなかった。


「旦那様?流石にスーパーの中は安全でしょう。だからそんなに神経を張り詰めさせなくてもいいわ、私も慎司くんを守るから」

「それは逆じゃないかなぁ。僕が涼音ちゃんを守らないと」

「......それは初めての時にしてもらったから今度は私が返す番」

「え、何だって?ちょうど放送と重なって聞こえなかった」

「な、何でもないわよっ」


 涼音は怒ったようにカートを先行させるので慎司は慌てて追いかけた。最初に一緒に行動するときの約束をしたのだがもうすっかり忘れてしまっているようだ。


 慎司は左右をきょろきょろを見渡しながら買い物をしていく。


 涼音は逆に周りには気にした様子もなく、必要なものをカゴの中に放り込み、ふんふんと鼻歌を歌いながら楽しく買い物をしていた。


 この時点でどちらがより心の余裕があるのかは明白だろう。慎司が悪い、涼音が悪い、と言いいたいのではなくて、メンタルの強さがここで顕著に現れていると言うことを言いたい。


「ねぇ、旦那様。明日のご飯は何がいいかしら」

「そうだね、涼音ちゃんの好きなものがいいかな」

「それ、真面目に考えてる?」

「大真面目だよ」

「じゃあ私の好きなものわかる?」

「僕」

「......ものって言ったの。人じゃないから」

「涼音ちゃんの好きなものかぁ。そういえば、僕の好きなものはよく聞いてくれて作ってくれるけど、涼音ちゃんの好きなものはあまり食卓に並ばないな。......美味しそうに食べている人が好きって言ってたのは知ってるけど」

「でしょう?色々と言いたいことはあるけど、今は置いておいて。結局、明日のご飯は何がいいかしら」

「ん〜気分的に一緒にコロッケ作りたいな」

「旦那様が手伝ってくれるの?」

「不器用だけど、それでもいいなら参加させて欲しいな」

「大丈夫、慎司くんには失敗しても大丈夫なところを任せてあげるから」


 涼音がふん、と嬉しそうに鼻を鳴らす。

 一緒に作りたい、と言ったのが嬉しかったのか。

 慎司がきちんと要望を話してくれたからだろうか。


 どちらにしても慎司にとって涼音が嬉しそうにしていることが最優先事項なのでほっと胸を撫で下ろした。


 その反動で抱きしめたいと言う感情に襲われたが、外出自粛中と言うこともあって人目のないところとはいえ、公共の場所でプライベートなことを堂々とするわけにはいかない。


「慎司くん、さっきから固まってどうしたの?」

「い、いや。何でもないよ」

「本当かしら。とっても怪しいわね」

「怪しいかなぁ......?」


 じとーっとした視線を向けられて言葉を濁した慎司はそれではもっと怪しく聞こえてしまうことに今更ながらに気づいた。


「ぎゅってしたいな、と......」

「え?」

「だから抱きしめたいなぁ、と思ってました......」

「あ、あー」


 慎司が羞恥心に打ち震えながらぼそぼそと正直に話すと涼音は理解した声をあげた。

 その後、涼音から「ん〜」と言う声が聞こえたかと思うと、慎司の胸にぎゅっと飛び込んできた。


「これで満足?」

「う、うん」

「ならよし」


 涼音には一生勝てないだろうな、と慎司は半ば確信した。

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