第40話「初夜」



 慎司は涼音に覆い被さるようにしてベッドにダイブした。というのも重くない、とは言ったものの、やはり何も持っていない時と比べると明らかに重いわけで......。


 慎司の腕は残念ながら寝室に入った瞬間に音を上げてしまったようだ。いきなりのことに涼音は驚いてわっ、と小さく声をあげる。慎司はその涼音の上に被さったままで動かなくなった。


 別に動けない、というわけではない。ただ動きたくないだけだ。


 慎司はむくりと顔だけ上に向けると超至近距離で涼音がじっと見ていることに気がついた。


「やっぱり重かったんでしょ」

「......」

「無言でニコッとされるのが一番ショック......。もう私、お嫁に行けないわ」

「いや、もうお嫁さんになってるから」

「旦那様しか拾ってくれなかったの」

「涼音ちゃんぐらいに美人さんだったら誰でも選び放題だと思うけど」

「私が選んで、そして拾ってくれたのは旦那様だけよ」

「あ、ありがと」

「まぁ?じゃないと私、まるで不倫しているみたいじゃない」

「......え、不倫?」

「し、してないわよ?ちょっと冗談で言ってみただけ。そ、そんな泣きそうな顔しないの」

「し、してないよ」

「してるわよ。今すぐにでも泣いてしまいそう」


 涼音はそう言いながら慎司の頭を優しく撫でた。その柔らかい感触がとても気持ちよくて、慎司はこのまま眠ってしまいそうになる。


 いや、しかしそれではダメなのだ。今日こそは本当に覚悟を決めてしまわなければならないのだ。慎司と涼音は付き合っているわけではない。もうそれをとうに超えて、結婚しているのだ。付き合っている時間がなかったのでまだお付き合いも兼ねているのかもしれないが、少なくとも慎司はそのようには考えていなかった。


 今夜、超えたい。


 その思いが慎司にはあった。


「泣いてないけど......。なら、慰めて?」

「もうしてるわよ」

「もっと」

「もっとすると慎司くん、寝ちゃわない?」

「寝る、かも」

「なら寝る?」

「......寝ない」


 慎司はぐいっと身体を起こして四つん這いになった。その間に挟まれた状態になっている涼音は急に慎司が身体を動かしたことによって手が頭に届かなくなってしまったのを残念に思いつつも、これから慎司が何をしたいのだろうか、と期待と不安が混ざったような視線を向けた。


 涼音も薄々感じているのかもしれない。


 慎司はその意識を念頭に置きながら、涼音にぐっと近づいた。

 そして、涼音の唇に自分の唇を重ねた。


「今日は甘えたがりやさんの日?」

「かもしれないね。......もしかして、気づいてる?」

「気づいてるって何に?」


 涼音はきょとんした表情で返した。その表情に嘘はないように思える。慎司がその表情を見て、本当に涼音は慎司のこれからしたいことを理解していない、と断定しようとしたその時、くすっと堪えきれなくなったかのように涼音が笑い始めたのを見て、これはハッタリであると気がついた。


「いつもの感じじゃないから何となく察したわ」

「そ、そう?なんか恥ずかしいな......」

「恥ずかしいかもしれないけど、私は嬉しいよ。だって、今までは何もしてくれなかったからそういうことには興味がないのかと思ってたもん」

「僕だって、男の子だからそういうことに興味ぐらいあるよ」

「あっても仕草がなかったから」


 そう指摘されて、確かにそうかもしれないと思った。


「........触ってもいい?」


 何となく打診してみた。それで断られることは何となくないだろうなという謎の予感があった。その予感は正しく、涼音はこくりと頷いた。


 慎司は男にはわからないし存在しない二つの膨らみに優しく触れた。その時に涼音から小さく声が漏れたが、それにはあえて聞かなかったふりをした。


 了承したから我慢しなければならない、と思っているのか、それとも初めての経験ながらに慎司のやり方が上手いのか、涼音は慎司の手を払い除けることもせず、ただひたすらに声を殺していた。


「......変な、感じ」

「僕も」

「ね、ちゅ〜、して」


 慎司は上目遣いで潤んだ瞳を向けてくる涼音のお願いを聞かないわけにはいかなかった。慎司は片方の手を涼音の背中に回して、一気に引き寄せた。そしてその唇を塞ぐ。


 いつものキスとは違う、何だかとても甘いキス。

 もっと甘いところはないのかとお互いが舌を使って探し合っていく。普段だと絶対に感じられることのできない感触に慎司は自分の理性が限界を超えてきているのを感じた。


 そして理性の崩壊とともに、どんどんと自我が強くなっているのもまた、感じていた。


「......俺、もう止められないかもしれない」

「旦那様が「俺」っていうの珍しいね」

「そうかな」

「初めて聞いた気がする」

「そっか」

「旦那様の初めては私しかダメだからね?」

「好きだよ」

「私も」


 そして二人のシルエットは重なっていった。

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