第34話「蒼羽業」


「んで?翔に仕事を任された慎司は何を落ち込んでるんだ?」

「仕事はちゃんとやってますって。落ち込んでたのは......牛乳問題です」


 慎司は偶然に出会った、カルマとともに湯船に浸かっていた。本来上司と出会った時に本当の意味で裸の付き合いをするというのは結構心に疲労を与えてくるものだが、慎司とカルマは厳密には上司と部下の関係ではない。しかも頼れる兄貴分、というのが慎司のカルマに寄せる想いなので、別に一緒に風呂に入っていても苦にはならない。どちらかというと翔と湯船につかる方がしんどいかもしれない。


 カルマは元々勘のいい人なので、慎司が伝わらないだろうと思っていった「牛乳問題」に関してもすぐにあぁ、と理解した。


「まぁ、強く生きろよ」

「おざなり?!もう少し何かないんですか」

「ないよ。俺が言えるようなことは何もない。夫婦の問題だから」

「あれ、僕が結婚したって伝えましたっけ?」

「いいや、翔から聞いた。ご祝儀も何も用意してないぞ」

「いえ、言ってなかった僕が悪いですから」

「いやぁ、しかしなぁ。慎司の年で結婚とはな......。普通に高校行ってたら高校三年生だろ?あるかなぁ、いや、多分ないなぁ」

「カルマ先輩が結婚したのもつい最近でしたもんね」

「それは結婚式だろ?もう籍自体は入れてたんだが、仕事が一時期火の車になって毎日駆け回ってたからつい後回しになってしまったんだよ」

「よくお嫁さん怒りませんでしたね?結婚式って大事なことですから仕事で延期されるのは辛いと思いますけど」

「俺もまさか許されるとは思ってなかったよ。土下座して殺される覚悟で行ったのに「仕事のことだけを考えて」なんて言われてよ」

「いい奥さんですね」

「だろ?お前にはやらん」

「生活のためにしっかり働いてこいって意味かもしれませんけどね。あと僕にはちゃんと宇宙一可愛いお嫁さんがいるので必要ないです」


 慎司の言ったことは案外的を射る意見だったようで、カルマは「そうなのかなぁ」と頭を悩ませていた。


 カルマと話すときは大体が、カルマの惚気話になることが多い。それだけお嫁さんのことを愛しているということなのだろう。慎司も聞いていて嫉妬に燃えたり、苦痛を感じたりはしない。むしろ気持ちよく話しているカルマを見ているのが好きなので存分に話してほしいというのが率直な意見だ。


 翔との話ではこうはいかない。翔はあまり人に夫婦生活のことを話したがらない性格のようで、慎司が知っている情報の多くはカルマがつい口を滑らせたので知っていることが多い。涼音が興味を持った時に話そうとしてたのは慎司と涼音の二人の時間を邪魔してしまったという罪悪感からだろう。


「どこで会ったんだ?」

「柄の悪い男達に絡まれていたので助けたら結婚することになりました」

「交際期間は?」

「ゼロです」

「ゼロ?」

「ze〜ro」

「ニュースかよ。ってそうじゃなくて。そんな数奇的な運命もあるもんだな」

「ちゃんと運命を拾えて良かったと思います」

「キザなこと言いやがって。もう今日はお前が惚気る番だ。好きなところをいえ」

「好きなところですか?ん〜、全部?」

「おいおい、翔みたいなこと言うなよ」

「でも朝に「おはよう」って言ってくれるあの表情も好きだし、ぱぱっと料理を作ってくれるのも好きだし、普段はクールなのにたまに甘えてきてくれるとこも好きだし、外ではそっけないけど、その分帰ると甘えてくれるところも好きだし......。決められないです」

「もう充分だ......。俺がこんなにも砂糖を吐き出しそうになったのは久しぶりだぜ。具体的には翔が桜花ちゃんとまだ付き合ってないけど、両想いだったときに近い」


 舌を出して、吐きそうだとアピールするカルマ。

 慎司はそんなカルマの様子よりも翔のまだ両想いだったときの方に興味が湧き、そちらの方に意識が向いてしまっていたので、カルマに特にツッコミを入れることなく、キラキラと目を輝かせる。


「なんだ?聞きたいのかよ」

「翔先輩が恋愛で悩んでいるのはなんか珍しいな、と」

「高校時代の翔はヘタレの化身だったんだぞ?今でこそ、男たるものこうあるべきだ、みたいなスタンスをとってはいるが、それは高校時代に真逆だったからこそだぜ」

「翔先輩を変えたのはお嫁さんですか?」

「桜花ちゃんもそうだとは思うけど、環境がそうさせたんだろうな」


 カルマは遠くを見ていた。

 翔に何が起こったのかを慎司は詳しく知らない。しかし、何かしらの不幸が訪れたのだと言うことは聞かなくても雰囲気でわかる。


 慎司はそれ以上尋ねようとはしなかった。


「カルマ先輩のでもいいですよ?」

「おいおい「で」じゃなくて「が」だろ?」

「「で」でいいんですよ。だってカルマ先輩の話は大体一回以上は聞いてますから」

「お前、結構言うようになったな」

「僕も独り身じゃないので」

「ふぉっふぉ。いいよるわい。若造が」

「カルマ先輩もあんまり僕と年齢変わりませんよね?」

「十は上だぞ」

「えっ」

「翔と同い年なんだから当たり前だろ」

「あっ」

「なんだよ。まさか翔の方が大人びていて俺の方が子供っぽいから自分と同等か少し上ぐらいにでも思っていたのか?」

「はいっ!」

「元気がよろしい!だが、ダメだ!!」


 カルマが慎司の顔に水をかけた。

 そして手を使って簡易的な水鉄砲を慎司に食らわせた。


 慎司はそれをもろにくらい、視界を失った。しかし、とりあえず、広範囲攻撃として横に一閃すると、ぶふぁっ?!というカルマの声が聞こえた。


 こう言うことをするからカルマは翔のように大人として見られていないのだが、それはそれでカルマの良さと言うものが出ている証なのかもしれなかった。

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