第32話「報道」


『今朝、月から持ち帰ったとされる石の中からとある紋章が見つかったとの報告がありました。その意味は調査中で何かしらのメッセージが込められていると推定されており、その内容が解明されれば、地球外生命体の信憑性が高まるだけでなく、それらの文明の発達まで明らかになるとされています』


 慎司はそのニュースを見てほぅ、と感嘆の声を漏らした。新しいことをどんどん知りたいと思うタイプの人間である慎司は未知の宝庫である宇宙に対して熱烈な興味を抱いていた。小さな頃の夢は「宇宙飛行士になること」だったのだが、その夢を叶える前に家族が破綻し、慎司は今を生きることに精一杯となった。


 しかし、その今を生き続けていると不思議な運命にもであるもので、涼音という運命の人にであることもでき、結婚することもできた。


 涼音も慎司もお互いに知らないことだらけで躓いてしまうことは多々ある。つい先日だって、ちょっとしたことで喧嘩になりかけたこともある。


 そういう時は大抵、慎司が謝るようにしている。慎司は悪くない、と自分で思っていてもそれを後押ししてくれる人は誰もいない。だからそれをいくら一人で喚いたところで無意味なのだ。それは涼音の方も同じであるのだが、そこは惚れた方が負け、という言葉があるように慎司が折れるのだ。

 そうすると涼音の方も冷静になって、甘やかせてくれるから、というのが一番の理由であるのは涼音には秘密にしてある。


『次のニュースです。先日、連続通り魔殺人事件の犯人と思われる人物が拘置所から脱獄しました。目撃証言によると、真っ直ぐ東に向かって逃げていった、とのことで警察が行方を追っています。近隣の皆様はできるだけ外出を自粛するなどして安全な行動を心がけてください』


 慎司はそこまで流してからプチっとテレビの電源を落とした。


「あれ?テレビ切ったの?」

「うん、これから翔先輩に頼まれた仕事を始めようかと思って」

「ごめん、これから家事でうるさくしてしまうかも......」

「生活音なら集中してしまえば気にならないから大丈夫だよ。テレビだとずっと音が流れ続けるからあんまりつけておきたくないんだよね」


 軽く笑う慎司はパソコンを起動させる。

 涼音は洗濯物を干していたのだが、慎司が仕事をするとわかった途端に急いで、片付けてあまり音の鳴らない家事を中心にしようとした。


 慎司はその心遣いを嬉しく思いつつ、そこまで気にしなくてもいいのに、とも思った。集中して仕舞えばよほどのことは聞こえないし、余程のことは忘れられる。慎司がテレビを切ったのは慎司がニュースが好きでつい集中力が削がれてしまうからであり、涼音の家事の音はむしろ心地がいい。


「気にしないでいいからね」

「は〜い」

「何なら普通に話しかけてくれていいから」

「それはダメでしょ。それこそ集中できていないような気がするわ」


 しかしその涼音の言葉は一瞬で裏切られることになった。慎司がパソコンを立ち上げ、仕事用のアプリを起動させると、一気にタイピングを始めたのだ。それも目にも留まらぬ早さで。


 そうなると人間、感動して声が漏れ出てしまう。


「ふぇ〜......」


 涼音から変な声が漏れても仕方がないということだ。


「そ、そんなに早くてちゃんと仕事できてるの?」

「タッチミスはほとんどないから大丈夫だと思う。まぁ、これでも翔先輩やカルマ先輩と比べると全然なんだけどね」

「あの人ってそんなにお仕事できる人なの?」

「あの人達は多分誰にも任せずに自分でした方が早いと思うよ。翔先輩とカルマ先輩が合わさったら多分、コンピューターでも敵わないと思う」

「ひょえ〜」

「そんな人から仕事を任せられているのが僕の自慢なんだ」

「認められているってこと?」

「ん〜どうだろ。認められているというよりは将来を期待されているという方が正しいのかも。褒められるよりも怒られる方が多いけど、最後まで付き合ってくれるから頑張りたい、貢献したいって気持ちになる」


 涼音は慎司の最後の言葉は実際に目の当たりにして本当だな、と思った。仕事の話は本当に有言実行で三十分程度で終わったのだが、慎司が質問するとそこをわかるまで懇切丁寧に教えていたことを思い出した。

 あれだけ丁寧ならば慕われるのも納得できる。そしてもしかしたらそれが名前も知らないお嫁さんが翔を好んでいる理由の一つなのかもしれなかった。


「あ、そういえば先輩のお嫁さんの名前は「桜花」っていうんだって」

「桜花?可愛い名前ね」

「涼音ちゃんの名前も負けてないと思うけど」

「ありがと。......どうしてそれを私に?」

「だって知りたそうにしてたから」

「え、してた?」

「してたよ〜?それに先輩の話に食いついて途中で引かなかったのは相手の名前を知りたかったからじゃないの?」

「そ、そう」

「そして、いつかばったりであることないかな、って思ってるでしょ」

「どうしてわかるのよ」

「涼音ちゃんのことは大分見てきたから。僕なりにわかってきたつもり」


 全く手を緩めることなく言葉を交わす慎司。しかもその指摘の全てがあっているのがどうしてもモヤモヤする。慎司だけが涼音のことをよく知っていて、慎司のことは何も知らないでしょう、と言われているような気がする。


 涼音は慎司の背後に周りその胴体に腕を回した。

 慎司の背中は曲がっていて、涼音が抱きつくのにちょうどいい。


「好き」


 涼音がぼそりと漏らす。慎司はそれに動揺していないふりをしつつも、とある箇所でタイピングミスを犯してしまったようで「エラー」の大量の文字で埋め尽くされた画面を見て、はぁ、とため息を吐いた。その頬は赤く染まっていた。













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