第30話「子供」
「おはよう慎司くん、涼音」
「おはようございます、圭子さん」
「おはよ〜」
「昨夜はお楽しみだったのかしら?でも全く声が聞こえなかったのは少し残念だわ。この家の防音設備を最高ランクにしたせいね......。あとで私にだけじっくりと何をしたのか教えて欲しいわ。あのクールであんまり自分のことを話したがらないあのこが好きな人の前ではどんな表情でどんな甘い言葉を囁いているのか私、気になりますっ!」
「えるたその真似するなよ、いい年した大人が。あと、全部聞こえてるからな」
「そんなカッカしなくても私も涼音がいることぐらいわかってて言ってるわよ。だって涼音ってばこの家に来てからずっと慎司くんといるのだもの。いない時はお風呂ぐらいかしら?もうお風呂ぐらい一緒に入って仕舞えばいいのに。......大方、涼音が「恥ずかしいから」とかなんとか言って渋っているんでしょうけど、夫婦の営みとかするようになったなら裸を見せ合うだけじゃないんだから、そこら辺はわかっているのかしら」
朝からマシンガントーク炸裂の圭子は慎司に、というよりは涼音に絡みに行った。やはり、新参者の慎司よりも十六年も一緒にいる涼音の方が話しやすいのだろう。その内容が朝から話すには少し重たい話で、しかも的確に射抜いているところがすごかった。
涼音は朝から「夫婦の営み」という言葉を聞いて、飲んでいたスープを吹き出してしまった。その時に気管に入ってしまったようで、こほこほと咳き込み始めた。
慎司は隣にいたので、涼音が持っていたスープを受け取り、テーブルの上に置くと、涼音の背中をトントンと軽く叩いた。
「優しいのね」
「これぐらいは普通ですよ」
慎司は軽く答えて、涼音の咳が終わるのをじっとまった。幸いにも深くは入っていなかったようで、すぐに涼音の咳は止み謝罪とお礼の言葉を言われた。
「仲良し夫婦ね。まるでもう何年も前から一緒に居たみたい」
「そうですかね?ありがとうございます」
「実際に前からいたんだよ。私達は」
「あらそうなの?なら尚更、旦那さんを愛することを忘れてはいけないわよ?それは慎司くんもそう。お互いが愛することを忘れてしまうとそれはただの近しい友達になってしまうわ。二人の中でそれでもいいという気持ちが芽生えてしまったならばそれはもう他人がどうこういうべきではないから言わないけど、もしそうではないのなら、相手のことを一番に考えて行動して、喜んでもらうことを優先すべきね」
「き、肝に銘じます」
「私を誰だと思ってるのよ。圭子に言われなくても私はちゃんとわかっているわ」
「本当にそう?ならここであなたの旦那様に「好き」って言える?」
「う」
涼音が困ったように視線を外す。それを見てにやりと人の悪い笑みを浮かべる圭子。もしかしてこの展開を待っていたのだろうか。となれば話の作り方がとてもうまい。
「慎司くんはもちろん言えるわよね?」
「え、あ、はいっ!」
急に飛び火しそうになったので慎司は少しつっかかりながらも満点の回答をしていく。
圭子は慎司がそう言ってくることもなんとなくわかっていたのか、笑みを浮かべて小さく頷いた。
外堀と内堀を埋められた涼音は圧倒的な窮地に立たされていた。それに加担した慎司が思うのは少しおかど違いかもしれないが、とてもかわいそうであった。
しかし、助け舟を出そうとするも、そのタイミングぴったりに圭子が慎司と視線を合わせて牽制してくるので何できない。
涼音は観念したのか「い、言えるし」と小さな声で呟いた。
その声を聞いた瞬間に圭子の雰囲気が一瞬にして獣のオーラへと変貌したのを感じた。
「じゃあ今からでも言えるわよね?なんなら私、今からいなくなってもいいからちゃんというのよ?慎司くん、ちゃんと愛の告白を聞いたら私を呼んでね?」
「え、あ、はい」
圭子は涼音が止める暇もなく、扉の奥へと消えていった。本当に涼音に今ここで言わそうとしているのだ。
慎司は涼音の雰囲気が気を張ったものになり、辺りの空気もピリッとしたものになったのを感じた。
「きっと扉のすぐそこで聞き耳を立てているに違いないわ」
「......本当だ」
涼音が指を刺す方向をよくよく見てみると、人の身体のシルエットがぼんやりと見える。圭子がじっと中の会話を聞こうと聞き耳を立てているのだということはすぐにわかった。
「だから、さっさと食べてしまいましょ?」
「......」
「だ、旦那様?」
「......圭子さんに言われたからっていうわけじゃないけど、僕だって涼音ちゃんからの言葉を聞きたい」
「今までにもたくさん言ってるし......。二人きりの時ならいうけど、圭子のいる前ではちょっと」
「でも圭子さんはここにはいないよ」
「そういう意味じゃなくて!!同じ空間にいるっていうのが嫌なの!!」
「......どうしても言ってくれないの?」
「旦那様ってたまに過酷なことを迫るのね」
涼音は慎司の懇願に耐えかねて、はぁ、と大きなため息を吐いた。そこには色々な思いがあっただろうということはいうまでもない。圭子がいるのにも関わらず告白をしなければならなくなったこの現状と、涼音に好きだと言って欲しいという慎司の欲望に対してもあっただろう。
「す、好きよ。慎司くん」
「僕もだよ、涼音ちゃん」
お互いがお互いの言葉に反応してしまい、頬が赤く染まる。まだ朝にも関わらず夕日に照らされてしまったかのように赤くなっていた。
「いいわねぇ〜。青春!」
圭子が扉の外で叫んでいた。それを完全に聞こえてしまった慎司と涼音は顔を見合わせて照れ臭そうに笑い合った。
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