第25話「好感度」


「慎司さんもちゃんと男の子なのね」

「あ、いや、その......。お恥ずかしい限りです」

「そんなにかしこまらなくていいのよ?私とあなたはもう親子の関係なのだから。それに男の子らしいところもたまに出してくれた方が愛されてるってわかるし、ね?」

「ね、じゃねーよ!初対面から遠慮なしに......まったく」

「初めて連れてきた運命の人なんだから気になるに決まっているでしょ?」

「やっぱり来ない方が良かったか。......旦那様に言われてきたけど」


 涼音がぼそりと呟く。しかし、ちょっと待てよ、と慎司は自制をかける。確か、挨拶をすべきだ、と言ったのはシンジではなく涼音だったはずだ。

 慎司は訂正しようとしたが、目前でキラキラと目を輝かせて嬉しそうに慎司を見つめる圭子に真実は言えなかった。涼音が言った、と言っても喜ぶかもしれないが、この短時間で大体、この場合は慎司に対してのものだと言うことは理解できるようになっていた。


 だから下手なことを言って水を刺すことは避けたかった


「いい旦那さんじゃない。若くてもしっかりしてる。どうせならここで馴れ初めでも話してみなさいよ」

「誰が話すか。......恥ずかしいし」

「出会いはあんまり良くなかったからね」

「ははぁん。どうせ涼音が柄の悪い男達に捕まっていたんでしょうけど、それ以上は聞かないでおくわ。慎司くん、あとで連絡先を交換してもらえるかな?」

「ちょっ?!どさくさに紛れて何を言ってるんだ、圭子は!!」

「......あはは」


 適当に言ったことであろうが、それをドンピシャで言い当てるのはさすが、としか言いようがなかった。そこまで当てられるのなら聞く必要もないのではないか、と思ったものの、すぐにそうではないのか、と察した。

 圭子は涼音の表情を楽しんでいるのだ。恥ずかしそうにしている表情や怒った表情、拗ねた表情や慎司を見ているときの甘えたそうにしている表情。どれもを楽しんでいるのだろう。


 だから本当に涼音を怒らせてしまうような地雷は避けているが、側から見て涼音が可哀想に思えるほどにはいじり倒されている。


「出会いはどうあれ、僕は運命だと思いましたよ」


 いつまでも圭子が涼音へのアタックをやめないのでそっと助け舟を出してやる。それにより狙いは完全にシンジへと移行した。

 涼音は「話すの?」と言う視線をむけてきたが、慎司が頷くと、ふぅと息を吐いて呼吸を整えていた。


「堂々と運命だって言えるのも若い人の特権よねぇ。私が今「運命だ!」なんて言ったら誰にも話して貰えなくなるわ。まぁ、そんな相手がいなかったんだけどね?」

「......?あ、ありがとうございます。涼音ちゃんはどうかわからないけど、僕は一目惚れでした」

「旦那様ってば、案外はっきり言うのね」

「うん、この気持ちには嘘つきたくないし」

「あ、そう.......」

「アオハル、いいわぁ」

「そこ、鑑賞に浸るな!」

「いいじゃない、けち」

「いい歳した大人がケチとか言うな」


 再びぎゃいぎゃい言い合う感じになってきたので、慎司はこほんと一つ咳払いをして注目を集める。


「運命だと思っていても、僕は叶わないだろうなって勝手に決めつけてました。お金持ちだと言うわけでもないし、接点もなかったし。彼女が魅力として感じてくれそうなものが僕には何もなかった」

「それでも未来はこうして結婚することになってる。何が涼音を惹きつけたと思ってるの?」

「それは......僕の気持ちだと思ってます。何もないと思ったからこそ、全力を尽くした。恋愛経験がないのであくまで自分なりに、ですが。そういう気持ちを涼音ちゃんは感じてくれたのではないか、と」

「だそうよ?さっきから顔をそっぽに向けて、恥ずかしいなら自分も言ってしまった方がフェアで楽になるかもしれないわよ?」

「そうやって言わせたいだけだろ!」

「そうよ。だって私だけじゃなくて慎司くんもしりたそうにしてるから、ね?」

「はい」

「旦那様もここではいって言ったらダメ!帰ったらいくらでも教えてあげるから......」


 涼音がもじもじと身体をくねらせながら上目遣いで訴えてくる。

 ここで慎司は天秤にかけてみた。今ここで真実を知るのか、それとも帰って二人きりの時に聞くのか。慎司のメリットとしてはそのどちらを選んだとしても涼音の慎司を選んだ理由は教えてくれる、と言う点だ。そのため、圭子からしてみれば、何とかして慎司に今、と言う選択肢を選んで欲しいはずだ。


 涼音の顔と圭子の顔をちらりとみて窺う。

 どちらを選ぶのが本当の選択なのだろうか。この雰囲気だからこそ言い出せるものがあるのではないだろうか、と慎司はふと考えた。家に帰ってからの場合、この雰囲気は霧散しているわけで「もう少し言いやすい時ね」と言われて流されてしまう可能性もなくはない。二人だからと言うのはメリットにもデメリットにもなりそうだった。


「涼音ちゃん、覚悟を決めるんだ」

「旦那様きら〜い。私よりも圭子を選ぶなんて」

「それは言い方が......誤解を招きそうなんだけど」

「知らないっ!」

「夫婦漫才はいいからそろそろ涼音の本音を教えて。あ、今韻踏んでなかった?座布団一枚あるわね」

「......全部だよ」


 涼音は極力小さな声でぼそりと言った。だが、一言一句漏らさないように気を配っていたシンジも圭子もバッチリ聞こえていた。


「く〜わ〜し〜く〜」

「そもそもなんで圭子にそんな事言わなくちゃいけないんだよ!もう話さないから」

「僕も気になるなぁ」

「旦那様だって「一目惚れ」としか言ってないじゃない。だからおあいこよ」

「なら今から僕の好きなところを言っていくから......」

「な、なんでそんなに必死なのよ!今言ったら圭子の前で言うことになるでしょー!......か、帰ってからならいくらでも教えてあげるから」


 涼音は慎司に耳打ちした。

 慎司は耳元で囁かれたことと、言葉の意味の破壊力によって脳がふにゃふにゃになってしまい、蕩けていく。


 涼音が慎司の蕩けた姿を見て、焦っていた。それを紅茶を啜りながらみていた圭子が「ラブラブっていいわね」と羨ましそうに呟いた。

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