第24話「緋山圭子」



「あなたが噂の葦原慎司くんね!涼音が急にあなたの元へ行くなんて言い出すからちょっと心配だったのだけど、あなたの雰囲気はとても穏やかで優しそうで安心したわ。親心としては騙されてるんじゃないかって思わなくもなかったけど、本当に嬉しそうな顔をして飛び出していったから深く追いはしなかったの。こんなにいい人だったならもっと早くからお知り合いになっておくべきだったわね。まぁでもこれから涼音の夫としていてくれるのならそれも心配ないわね、私の息子同然だものね。あ、立ち話もなんだし、適当に座って。今、お茶を入れさせるから。それともコーヒーとかの方がいいかしら?でも、まだあなたは成長期の途中だからコーヒーで身長をとどめてしまうのはあんまししたくはないわね......」


 マシンガントークであった。話の端々で相槌を打つ程度にしか返せない。慎司は圭子の話に圧倒されてヒクヒクと顔を引き攣らせていた。

 慎司が今まで出会った中でここまで自分の話を展開して、人に話す暇を与えない人はそういない。しかしそれでいて、苦ではないのは慎司のことを褒めてくれているからだろう。この家を出るときの涼音が慎司のことを認めて、それを表情に出していたから伝わったのだろうが、それがなければ、と考えるだけで恐ろしい。


 このマシンガントークの中身が誉められるのではなく、貶される、もしくは認められない、と言う趣旨のものだったならば、慎司は顔面蒼白になった上で、平謝りするしかない。それでも涼音と結婚生活を続けたいと言う意思は変わらないのでその場合は駆け落ちになってしまうだろうが。


 圭子は「入れさせる」と言った割には自分で部屋を出て行った。メイドに伝えるためなのか、それとも自分で入れる気になったのか、慎司はどちらかわからなかったが、ともかく今が一息つける最後の機会だと思い、息を思い切り吐き出して緊張を緩める。


「ごめんね、びっくりさせちゃったよね」

「びっくりしたけど、認めてくれてるようでよかったよ」

「テンションが上がると捲し立てるのは昔からの癖なのよ。だから「そう言う人だ」って割り切った方が案外楽に話せると思うわ」

「限界が来たらそうさせてもらうね。涼音ちゃんは僕のことを話したことあるの?」

「ん〜、秘密」


 ウインクをしながら小悪魔っぽい笑みを浮かべる涼音。慎司はその笑みに若干の不吉な予感を感じながらそれ以上深くは訪ねなかった。


「それにしても遅いわね」

「確かに、呼びに行くだけなら遅いね」

「座って待ってましょうか」


 涼音が高級そうなソファに遠慮なく、腰をかける。そして、その隣の部分を左手でトントン、と叩いた。慎司にも座れ、と言っているのだ。慎司は恐る恐るそのソファに腰をかける。するとふかふかの感触が襲ってきて、とてもいい座り心地だった。これをベッドにしてもいい、と思える程に肌触りが気持ちいい。


「......実は私もちょっと不安だった。もしかしたら反対されるかもって」

「そうなんだ」

「そうよ。旦那様が人並み以上にヘタレだったから私の気持ちが軽くなったけど、旦那様が人並みにしか緊張してなかったら私の方がカチコチだったかもしれないわ」


 くすっと笑う涼音は慎司の手に自分の手を重ねた。

 涼音なりに慎司を励ましてくれているのだろう。でなければ、今ここでそのような話をするはずがない。もちろん、そこには真実がたくさん含まれているのだろうが、一番は慎司が緊張を解けるほどに、圭子と仲良くなって欲しいのだろう。


「人が自分よりもテンパってる時はかえって冷静になれるって言うよね」

「そうよ。だから私は今、とっても冷静なの」

「......手が震えてるのに?」


 慎司はそっと涼音の手を持ち上げる。視線の高さまで持ち上げると、確かにぷるぷると震えている。慎司が揺らしているわけではなく、涼音が緊張で震えているのだ。

 口では冷静である、と言いながら身体は正直に不安で怖い、と訴えてきていたのだ。慎司はしばらく、笑みを抑えていたがどうしても我慢できなくなり、くすくすと笑い出した。


 涼音が慎司を見てぷくっと頬を膨らませる。揶揄われた、と思っているようだ。慎司は「違うよ」と前置きしてから、簡単に説明した。


「僕のために見栄を張ってくれてたことが嬉しくて、つい」

「ついじゃないわよ!は、恥ずかしいでしょ!!」


 顔を真っ赤にして大声をあげる涼音は慎司の手を振り払おうとするが慎司は拒んで指と指の間に慎司の指を滑りこませてより深く密着させた形にした。ドキッとさせようと思ってしたわけではないのだが、やった張本人が異常なほどに心拍数を上げているので不意打ちでされた方はさらにドキッとしていることだろう。


 涼音の表情が途端に色っぽくなる。美少女がこのような表情をしては倫理的にダメなのではないのか、と慎司の理性が訴えてくるほど男の琴線に触れる。

 お金を払ってようやく見られそうな表情だ、とだけ言っておこう。これ以上詳しくは明記しない。


 慎司は少し身体を涼音の方へと近づけた。たったそれだけのことなのだが、涼音は極端に警戒してしまっていたのか、ぴくりと肩を震わせた。


「わ、私が触られるの苦手って知ってるでしょぉ......」

「ごめん、でも涼音ちゃんがどうしても可愛くて」

「もぅ、そういえば許してもらえると思ったら大間違いなんだからね?」

「許してくれないの?」

「.....許してあげるけど」


 いじらしく、お許しをくれる涼音に慎司はさらに近づいた。それは上半身だけ、もっと言えば顔だけ。


 慎司が何をしたいのかを察した涼音はどんどんと近づいてくる慎司としばらくは視線を合わせていたのだが、やがて恥ずかしくなったのか、そっと目を閉じた。そして小さくて可愛らしい桜色の唇を軽く突き出した。


 慎司は涼音が準備大勢に入ったことを近づきながら確認した。とはいえ、女性経験のない慎司はこれがキス待ちである、と言うことはわかっていない。たまたま慎司がキスをしたい、と思ったからこうなっただけで、慎司は「拒まれていない、よしならいける!」ぐらいにしか考えていなかった。


 桜色の唇に自分のを重ねようとする。近すぎて視界から目標が消える。あとは勘で行うしかない。


 そして意を決して踏み込もうとした時。


「お待たせ〜、ごめんなさい。メイド達に頼もうとしたら「ここは奥様がご自身でなされた方が好感度が高くなります」とか言われちゃって、仕方なく私が自分で淹れることにしたの。あ、でも味は大丈夫よ?こう見えても私、お茶ソムリエの資格を持ってるから、お茶の淹れ方にはうるさい方なの。お茶は私がもって来たけど、私の手は二本で限界だからお茶請けはメイド達にもってきてもらうことにしたわ。ちょっとそれまで待っててもらえる?......あらあら、まぁまぁ!!私のいないうちに仲良く手なんか繋いじゃって!初々しくていいわね......。私も懐かしい青春時代を思い出すわ」


 一人、我が道を征く。

 圭子はテーブルに手に持っていた紅茶を並べながら、マシンガントークを展開する。涼音と慎司は指摘されて初めてまだ手を繋いだままだったことに気づき、慌てて離した。その時の圭子は残念そうにしていたが、ちょうど良いタイミングでメイドさん数人が訪れて、お菓子を並べてくれたので雰囲気を引き摺らなくてよかった、と慎司は少し安心した。

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