第20話「夫婦」
慎司が固まったのは他でもなく涼音の仕業だった。慎司の視線がある一点を凝視して逃さない。それは自分のベッドである。しかし、そこには既に先住民がいたようで、満員となっている。
寝ぼけてしまっていたのか、それとも勝手に學を部屋にあげてしまったことに対するいじわるなのか。
涼音は本来慎司が寝るところのはずのベッドですやすやと気持ちよさそうに眠っていた。ここまで熟睡しているので起こすのは申し訳ない、と思う一方でならば自分はどう眠るのか、もしや先日、涼音のために買った布団で寝るのか、いやいやそれは倫理的にまずい気がする、などと自問自答をひっきりなしに繰り返していた。
涼音のために買った布団は出されてもおらず、余程睡魔に勝てなかったとみてまず間違いないだろう。余程、學の高校話が面白くなかったに違いない。先程思い描いていた妄想が破綻したようで溜飲が下がったような気持ちになった。
慎司は三つにまで選択肢を絞った。
まず第一は何も見なかったことにしてリビングで學と一緒に雑魚寝する。
第二は一緒に寝る。
第三は涼音の布団に寝る。
どれも選択肢としてはそこまで影響は変わらないと思う。第一は一番無難かもしれないが修学旅行でもないのに男同士で一緒に寝ると言うことはあまりしたくはない、と言うのが本音だ。
第三は自分が涼音のために勝手あげたものに自分が入ると言うのはあまり好ましいことではない。それに慎司の布団には入ってはいけないと言う約束をした覚えもないのでそれを考慮しておらずそのための対策を何もしていなかった慎司の責任である。
(第二か)
慎司は心の中で意気込むように呟いた。
一緒に寝る。それは初めて添寝をすると言うことだ。それ以上のことはまだ何もしない。どうせなら起きている時にそう言うことはしたいという欲望があるからだ。だから一緒の布団で寝るだけなのだが、それがどうしてこんなにも心を揺さぶってくるのだろうか。
涼音にすっかり惚れ込んでしまっているからだろうか。
慎司は緊張を解すためにため息を一つ吐くと、いそいそと自分の布団に入る。涼音の身体を冷やしてしまうわけにはいかないので、できるだけ外の空気に触れ合う時間は少なくして、瞬間的に慎司は入り込む。
妙に温かいのは涼音が寝ているからだろう。
一旦、横になってしまえば後は安心してしまうだろうと考えていた少し前の慎司を殴りたかった。緊張が収まるどころかどくどくと心臓は忙しく働いており、一向に寝られる気がしない。
しかし、それでもぐっと堪えて寝なければ、と思って静かにしてみると、今度は涼音の可愛らしい寝息に耳をじっと澄ませてしまい、全く寝る気配がない。
何とかして寝なければ、としか考えられなくなってしまった慎司は仰向けの状態で気をつけのように身体をピンと張った状態でじっと眠気が来るのを待っていた。
そのせいであろうか、涼音がぐるりと寝返りを打ち、慎司の方に顔を向けて寝ていることに慎司は全く気づかなかった。
「羊が一匹......羊が二匹」
このような時こそ、古来から伝わる伝統的な睡眠療法を試すしかない、と思い立ち実践してみるも、声を出すと言うことがマイナスに働いてしまっているのか、残念ながら全く睡魔は訪れない。
「眠れないの?」
「......?!」
慎司は自分にまさか声をかけてくる人がいるとは思わず、驚きのあまり、目を見開いた。その視線の先にはまだ半分寝ぼけているのか、とろんとした瞳で慎司を見ている涼音の姿があった。
口調ははっきりとしているのに、表情がどこか心、ここにあらずと言うような感じである。そんな涼音も可愛いことには可愛いのだが、慎司は起こしてしまったのだろうか、と言う心配の方が気持ち的には大きく「ごめんね」と謝罪した。
「ぐっすり眠るための方法を教えてあげましょうか?」
「え、何?」
涼音はにんまりと笑みを浮かべた後、徐に慎司に近づき、彼の背中に腕を回した。そして、慎司の胸に顔を埋めた。
布団の中、さらには涼音からの積極的なアプローチに慎司は困惑のあまり何もできなかった。涼音は慎司が困惑しているのを何となく雰囲気で察したのか、ふふふ、と上機嫌で控えめに笑う。
「安心する?」
「......どうだろ。ドキドキしてる方が強いかも」
「私はすっごく安心してる」
ドキッと心臓を跳ねさせられたような気がした。事実、心拍数は早くなってしまったようで、涼音が「心拍数、早くなったね」と伝えてくる。
「慎司くんは私の抱き枕」
「......!!」
一言一言全てに過剰に反応してしまっていることを自覚するがどうしようもできない。もはや、無意識の領域で反応してしまっているような気がして、自分では抑えられそうにない。
えへへ、と笑う涼音に完全にやられた、と思うとともに深夜ハイテンション(寝ぼけver)だとここまで積極的なのか、という新たな発見もできた。
「慎司くん、あったかいね」
「涼音ちゃんもあったかいよ?」
「寝られそう?」
「た、たぶん」
「おやすみ」
そう言いながら、涼音は慎司にキスをした。それは唇ではなく、その少し外れた頬の部分だったが、もしも完全に起きていれば唇にしていたのではないか、と思うほどの微妙な距離感だった。
「これじゃあ、寝れないよ......」
その慎司の言葉は誰にも聞き届けられなかった。
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