第14話「就寝」
慎司は寝室の床に涼音の布団を敷いて同じ空間で寝ることにした。慎司の布団は一人暮らしをする際にすでに買っており、床に敷くタイプでは無いので、高低差があるようになってししまった。とはいえ、初日から何をするわけでも無いのでそこら辺はわざわざ落ち込むこともないのだが。
涼音は先程まで買ったばかりの布団に寝そべってそのフカフカ具合を確かめていたのだが、今は風呂に入っている。今日は一日歩き回ったので汚れがついているだろうし、心も身体もさっぱりするのならば風呂に入るのが一番だ。
家の近くに温泉があり、そこの湯は疲れを完全に癒してくれるのだが、流石に時間的にしまっている可能性の方が高く、常連さんということでもしかすると贔屓にしてくれて、入らせてくれるかもしれないが、そこまでお世話になるのは良心が痛む。明日、紹介がてらに入りに行こうと慎司は決めた。
その効果覿面の温泉が近くにあるためか最近は自分の家の風呂場を使っていなかったような気がする。涼音が使っているということもあってか、余計にその意識が強く芽生えてくる。
「お待たせ、今出たよ〜」
「大丈夫だった?ちゃんと使えた?」
「使えたわ。それにお店でちゃんと買っておいてよかった」
「それは何より。じゃあ僕も入らせてもらうね」
「ごゆっくり〜」
「あ、先に寝ててもいいよ。今日は色々と疲れただろうし」
「待ってるつもりだけど、先に寝てたらごめんね」
「本格的に寝そうだったら電気消してもいいからね」
慎司は去り際にそう言い残して、風呂場へと直行する。
秒でマッパになり、勢いよく扉を開く。すると、昨日までは絶対にそこになった女の子が使うようなものがたくさん置かれていた。ちらりと布団を買って帰る途中に「シャンプーとかある?」と訊ねられて「男用しかないな〜」と返したことを思い出した。
その後コンビニで色々と調達していたようだが、これだったらしい。もちろん、お金は慎司が出している。
女性用シャンプーとか女性用クリームとか、一人暮らしの男性ならば絶対に買わないであろう文言が入った容器がいつも使っている容器の隣に並んでいる。それを見て慎司は本当に結婚したんだなぁ、と改めて感じた。
どれだけ口で結婚した、と言おうとも、婚姻届に個人情報を書き記し、役所に持って行ったとしても、心のどこかでこれは夢なのではないかという現実への疑いがあったのは事実だ。それは慎司でなくてもそうだろう。世間の人からすれば交際期間なしでいきなり結婚するというある意味では暴挙とも取れる行動をした慎司であるが、もしその慎司が普通に恋愛して普通に付き合って、普通に結婚したとしても今と全く同じ気持ちを思い浮かべるような気がする。
風呂場のシャンプーひとつで意識が変わるのか、と問われればその答えには息を詰まらせるしかないのだが、これから知っていけばいいのだと前向きに考え直すと、それも悪くないのかもしれないとも思う。
慎司は男性なので涼音の約半分程の時間で風呂から出た。いつもはパンツ一枚でうろうろするのだが、流石に女性の手前、しっかりと服を着て脱衣所を出る。慣れてきたらパンツ一枚でうろうろするようになってしまうのかな、と少し想像してみるが、その慣れたときがまず思い浮かべなかった。
「ただいま〜。......寝ちゃったか」
「ぐぅ......」
可愛らしい寝息を立てて眠っている涼音。電気は消してもいいよ、と伝えていたのだが、消す前に力尽きたのか、電気がついたまますやすやと眠っていた。
目を閉じて安心し切ったように布団に身体を預けている涼音の安らかな表情は起きている時に見せるようなクールな感じではなく、むしろ黙って抱擁してあげたいような愛らしさや愛おしさが溢れ出ていた。その雰囲気に押し流されて危うく抱きしめたいという衝動に駆られたのだが、相手はもう横になってしまっているし、下手をして起こしてしまうと可哀想なので、ぐっと我慢をしてボタンを押し、電気を消した。
風呂に入った後すぐに布団に入るのは健康的にあまりよくないらしいので、慎司はまだ眠る気はなかったのだが、涼音が寝やすくなればと思ったために消灯した。
人間の目はすぐに暗闇にも慣れていくので、慣れるまでじっと待っていれば不便なことは何もない。
「......本当は起きてますよ〜?」
「......知ってたよ」
「うそ。今びっくりしたでしょ」
「......うん。涼音さんが起きてたなんて全然気づかなかった」
「襲われるのか、試してたの」
「っ!」
「うそ」
暗闇だから顔の表情は見えないはずなのに、驚きのあまりに引き攣った顔をした途端に涼音がくすくすと笑う。しかも嘘の吐き方が男性にとっては意地悪を通り越しているようなものだった。
「......なら、襲ってもいいの?」
「そ、それはもう少しお互いを知ってからで......」
「僕達結婚したよ?」
「そ、そうだけど」
「うそだよ」
少しからかって見た。すると涼音の表情は全く読み取れないのに、面白いほどに驚いていたり、顔を赤らめて恥ずかしがったりしている表情が想像できて、くすくすと笑いが溢れてしまう。
なるほど、これで涼音も笑っていたのか、と慎司は納得した。
「も〜」
そんな声とともに、ばふっという音も慎司の耳に届いてくる。涼音が枕に顔を埋めたのだ。揶揄われたことが恥ずかしかったらしい。そんな姿も容易に想像できてしまい、慎司は楽しくなっていた。
深夜ハイテンションなのか、彼女とお泊まりデートを楽しんでいるつもりなのか、とにかく涼音と会話をすることが楽しくて仕方がない。
「旦那様のいじわる」
「お互い様だよ」
「私の方が傷ついた。もしかしたら旦那様が起きた時に私はもう月に帰ってしまってるかもしれないわ」
「かぐや姫?それなら僕が月までもう一度、迎えにいくよ」
「......ふんっ!!」
慎司が後に思い返すと恥ずかしくて悶え死にたくなるようなセリフを吐くと、涼音はなぜか怒ったように鼻を鳴らすと枕に頭をばふばふ、と埋めていた。急な奇行に慎司はどうしたのだろうかと思ったものの、その理由を尋ねてはいけないような気がしてそれ以上の踏み込みは避けた。
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