第7話「イルミネーション」


 店から出て、きょろきょろと辺りを確認すると、ご苦労なことでまだ諦めていないのか遠くの方でじっとこちらを見つめてくる男がいた。複数人ではなく、一人だ。他の奴らは帰ったか、別のターゲットを見つけたのかもしれない。それを考えたところで信じにとっては意味のないことなのだが、やはり、一人でもつけられているとわかっていると怖い。


 自分ではなく、涼音をつけていると言う点も更に怖い。同じ男としてそこまで露骨に追いかけ回すことができるのか、と呆れてしまう。涼音は慎司と一緒にいるということですっかり安心してしまっているのか、後ろの男には意も介さずにぴたりと慎司の腕に抱きつき、並んで歩いていた。


「綺麗ね」

「ここら辺はいっつもイルミネーションしてるよ」

「そうなの?知らなかった」

「近所じゃ有名な話だけど知らない?」

「初耳よ」


 有名なのはただイルミネーションをしているからというわけではなく「夏季限定」と銘打って始まったのにも関わらず、ここ一年ほどずっとしているというところだ。


「そういえばどこからきたの?途中まで送っていくよ?」

「ずっと遠くから。キミでは無理かな」

「無理なの?」

「うん」


 その邪気のなさそうな純粋な瞳で言い切られてしまってはこれ以上言うことは何もない。もしかすると慎司に家を知られるのが怖いのかもしれない。

 軽率な行動だった、と慎司は先程の自分がした質問に対して後悔した。


「それより、このイルミネーションはどこまで続くの?」

「もう少し遠くまでかな。でも奥に行くほど人通りが少なくなるからあまり行かないでおこう」

「そう?私は全然平気だけど」

「後ろからもう一人確定で変な人がついてきてるって時点で本来ならば撤退ものです」

「えー」


 奥へ行こうと誘う涼音とそれを拒む慎司。その様子は側から見れば本当のカップルのようだった。やがて、慎司に根負けした涼音がとぼとぼと悲しそうに元きた道を引き返し始めたので、慎司はちくりと心が傷んだものの、涼音のためなのだ、と割り切ってその後を追った。

 歩き始めたところを通り過ぎ、今までいた店も通り過ぎ、映画館、カフェも通り過ぎた。


 そして。


「もうこれでお別れだな」


 涼音がぽつりとこぼした場所は涼音と慎司が初めて出会った場所であり、この不思議な関係を作り上げた特別な場所。その悲壮感漂う涼音の背中からはもう二度と会えないだろうという確信にも近い予感があった。

 今日一日の思い出は全て夢だった。そう言われてしまうような気がした。


 慎司は必死に何かを話そうとした。しかし焼き魚を食べたわけでもないのに喉に小骨がつっかえてしまったように動かず、うまく声を発せない。何か話さなければと思うほどに何も話せない。

 グッと唇を噛み締めた。


「これで終わりだよ。面倒だったろうに私に付き合ってくれて本当にありがとう。もうキミの前には現れないから安心してくれていい」

「......」

「キミとの一日はとても楽しかったよ。それこそ本当の彼氏と彼女みたいだった。少し駄々を捏ねてしまったがあれは楽しかったからで、嫌がらせとかではないから......」


 慎司が話せないことを見抜いているのか、それともただ単に今日のことを振り返って感想を言っているのか。どちらにしてもすれすれのところで慎司の本当の気持ちを抉り取ろうとしてきている。それが無意識なのだから余程だ。


 しかし、慎司はまだその覚悟が決まっていなかった。もう言葉にしてはっきりとさせたい。成功するにしろ失敗するにしろ、初めて好きになった人にはこの想いを伝えておきたい。そう理屈ではわかっているのに、どうしてもそれを感情が止めてくる。

 もしもこれで断られたら心への負荷は過去に類を見ないものになるだろう。それならば誰にも言わず、この気持ちが冷めるまで何か別のことをしていればいいのではないか、と感情が訴えてくる。


「......うん」

「あ、やっと話してくれた。無視されていたのかと思って実は内心冷や冷やしていたんだよ」

「......ごめん」

「何の脈絡もなくここへと連れてきたのだから困惑していたと言うことにしよう。まぁ連れてきたと言うよりは私にキミがついてきたんだけど」

「そうだね」

「どうした?さっきまでも生気がなくなってるぞ。幽霊にでもあった?」

「どうかな。......かもしれない」

「それで、泣きそうになっているのか」


 涼音に指摘されて慎司は自分の瞳が涙で濡れていることを知った。ぐっと腕でその涙を拭って隠そうとするも、残念ながらそれは涼音に指摘されて発覚したことなので、隠しても意味はない。


「ヨォ」


 慎司が言葉を口に出そうとしたところで、一人の男が明らかにこちらを見下した態度で話しかけてきた。

 今日一日、ずっと張り付いていた男だ。この様子からではそのような執念は窺えないが、それは人を見た目で判断してはいけないという言葉が証明されたと言うべきだろう。


「誰だ」

「誰だ、とは失礼な。昼間に声かけてやった男の声と顔をもう忘れたのか?」

「あぁ、興味のない人はどうにも忘れてしまうようでね。それで一体どんなようだ?」

「さっきちらっと会話が聞こえてしまったんだが......。本当は付き合ってなかった見たいじゃねぇか?アァン?」

「いやいや、付き合ってただろう?お前、付けてたのにその判断もつかないのか?」

「俺らとは遊びたくねぇからこの若ぇ兄ちゃんに助けて貰ったんだろォ?」

「だったら何だ?」

「俺を騙したことを後悔させてやる。具体的にはそうだな......。しばらく動けなくなる程度には痛めつけてやろうか

「私でよければ相手してやろう」

「あ?お前に手挙げたらお前の価値が落ちるだろうが。俺がキレてんのはお前だよ。にいちゃん」


 涼音が怖い身なりの男に全く怯みもしない所も驚いたが、まさか慎司が標的にされているとは思ってもいなかった。

 自分を守れるものは何もない。しかし守らなければならないものはある。


 慎司は赤く腫れた目を開いて、じっとその男を見つめる。


「下がってて」

「でも......」

「勝てないけど、負けないから」


 慎司はその男とじっと睨み合う。

 涼音は慎司の後ろに移動して、その成り行きを見守っていた。

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