第6話「きみとキミ」


「まさかの結末だったわね......」

「そうだね。......全く分からなかったけど、とりあえず何か凄かった」

「そうなのよ。この映画を見たときに思う初めての感想はそれだわ」


 慎司と涼音は映画を見終わった後に、近くの店で話し込んでいた。涼音がどうしてもこれは誰かと考察を語り合わないと心がウズウズして気持ち悪い、というので、慎司は相手になれそうにはなかったものの、聞き役として涼音の話を相槌を打ちながらじっと聞いていた。


 慎司の感想はこれと言ってなく、壮大なスケールと膨大な特殊ワードに圧倒された三時間だった。戦闘シーンはこの作品に初めて触れたが、とてもわくわく、はらはら、どきどきさせられた。そして何より、主人公と名前が同じだからか感情移入がしやすく、手に汗握る展開が多かった。


「夜ご飯までお世話になります......」

「気にしないで。今日一日って約束だから」

「ごめんなさい、ありがとう」

「ありがとうだけでいいよ」

「ありがとう」


 慎司は自分で今日一日と言ってからどうしようもなく心が締め付けられるのを感じた。涼音と一緒にカップルのフリをするのは今日一日だけだ。それが再認識してような気がした。どうせならもっとずっと一緒にいたい。そう口に出せたらどれだけいいか。


 慎司が一人の世界に飛び込もうとしたところで、店員が頼んでいた料理を運んできてくれる。気持ち的に、パスタを食べたい気分だったので、慎司はカルボナーラを頼んでいた。


「先食べてもいいよ」

「いや、来るまでは待ってるよ」

「でも冷めちゃうじゃない」

「なら、早くきてくれって願うしかないね」


 ここは完全個室制なので、ストーカーもどきがつけてくる心配はない。というかそろそろ諦めろ、と言いたいところだ。

 完全個室ゆえに結構な値段がするが、今日だけなら別に構わない。一人でいる時には使わないお金なのだ。


「ちょっと強情なところがあるのね」

「そうかな。......あ、きたよ」


 涼音が頼んでいたのは海鮮丼だった。マグロ、サーモン、いくらを始めとした海鮮の王者達が羅列し、油の乗った切り身が神々しく輝いている。


「これで食べれるね」

「そうだね、いただきます」


 フォークに巻き付けて一口でいただく。蕎麦とは違って啜る音はあまり立てないほうがいいらしい、ということを前にテレビかネットかで見たので慎司は音を立てないように慎重にいただく。

 目前にいる涼音を見ると、海鮮丼のあまりの美味しさにうっとりとしていた。そこまで美味しいのか、なら食べてみたいな、とつい思ってしまうほどに。


 その視線のせいか、それとも心の声がダダ漏れだったのか、涼音はじっと慎司と視線を交差させたかと思うと、一匙掬ってミニ海鮮丼を作ったかと思うと、慎司の前に突き出した。


「いや、別に欲しかったわけでは......」

「あれ、違うの?てっきり一口欲しいからじっと見ているのかと......」

「とっても美味しそうに食べるから本当に美味しいのかなって思っただけだよ」

「それは一口欲しいって言ってるようなものよ」


 涼音は突き出したミニ海鮮丼をなかなか引っ込めてはくれない。慎司は二重の意味で困惑と羞恥の心に翻弄されていた。


 まず一つは、この食事は慎司が払っているのだから、食わせろ、と言外に言ってしまっているようで心苦しいということ。

 そしてもう一つは昼間の時も同じようなことがあったが、このスプーンに口をつけてしまうと、間接キスになってしまうということ。


 しかも、それに涼音は気づいていないようであるということが一番の問題だ。これでは一人で盛り上がって、一人で自制して一人で落ち込んでいるようなものではないか。


 ならば、と慎司はフォークにパスタを巻き付けて今、涼音がしているようにぐいっと涼音に差し出した。


「僕だけもらうのはフェアじゃないから。僕のも食べていいよ」

「お金を払ってもらっている時点でフェアではないのだけれど......」

「それはそれ。これはこれ」

「それで納得するなら遠慮なく」


 涼音は遠慮することもなくぱくりとそのフォークについているパスタを食べた。何となく餌付け感が否めなかったが、これで慎司も食べなくてはいけなくなってしまったという口実ができたので、恐る恐るミニ海鮮丼を口の中に含む。


 確かに美味い。上質な部位を使っているのか、口の中に入れているだけですぐに溶けてしまう。わさびも数秒遅れて鼻にツンと刺激を与えてくれるので、飲み込んだ後にはスッキリとした感触が残る。

 涼音がうっとりとしていたのも十分に頷ける。


「これ美味しいね」

「でしょう?カルボナーラも絶品だ」

「パスタの中では結構好きなんだよね」

「一番好きではないの?」

「一番好きなのはミートソースなんだけど、僕の場合こだわりが強くて......」

「なるほど」


 こだわりが強くなるほど、自分で行った方が良い。それは他人に任せて、もしも自分の思い通りにならなかったり、自分の考えていたものとは違うものが出てきてしまった時に誰も悪くないのにイラッとしてしまうからだ。


「今日も一日終わったな......」

「今日はありがとう。助けてもらった上に食事や映画まで」

「気にしないでいいよ。僕がやりたくてしただけだし」

「でも......このままさよなら、というわけにも」

「......ん〜なら、ちょっと歩く?ここら辺はイルミネーションが綺麗だから」

「わかった。もう少しで食べ終わるからちょっと待って」

「そんなに急がなくても大丈夫だよ。僕だってまだ食べ終わってないし」


 一瞬の間に慎司はここで危うく告白しそうになった。グッと堪えて表情を窺いながら話したが涼音に慎司の想いはバレていないようだった。イルミネーションを見ているときに本当の覚悟を決めなければならない、と慎司はパスタを食べながら考えていた。

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