第5話「私の仮彼氏」


「どうする?映画でも見る?」

「映画?」

「うん、映画の間はあの人達も関わろうとはしないでしょ」

「おすすめとかあるの?」

「......思いつきで言ったから。どんな映画やっているのかさえ知らない」

「ふふっ、いいわ。何か面白いものがあれば」


 映画館へとやってきた。

 慎司はどんなものがあるのかと上映スケジュールを見たり、紹介映像を見たりしていたのだが、どれも何となく琴線に触れなくて、がっくりと肩を落とした。これは映画が悪いのではなく、あまりにも映画に触れてこなかった慎司の方に原因がある。どれも分からないのだ。中には明らかな続編映画もあったが、どれもあらすじを読むだけでは内容がわからないし、ほとんどが「ベストセラーを実写化」や「待望の映像化」といった文句で埋め尽くされている。


 読書をする暇はここのところなかったし、待ち望んでもいないので、慎司は非常に間違った場所に来てしまったような疎外感を感じていた。


「何か面白そうなものあった?」

「う〜ん、見れば面白いものばかりだろうけど......よく分からなくて」

「運悪く、今の時期は続編ばかりだものね......。知らないなら仕方がないよ」

「何か見つかった?」

「エヴァンゲリオンは気になったわ。待望の続編!!」

「前作見てなくてもわかるかな?」

「えっと、前作見ても分からない人は大勢いるから大丈夫だと思うわ」


 慎司はそれで待望なのか、と少し疑問に思った。

 しかし、涼音の表情がどうにも楽しそうにしているので面白いのだろうな、ということはわかる。慎司はそれを見ようと決めると、発券機で早速二枚を購入する。


 あまり物語を知らないと言っても映画館自体は来たことがあるし、慎司は理系なので機械音痴というわけでもない。サクッと購入を済ませて、涼音に一枚渡した。


「少し後ろの真ん中の席にしたから一番見やすいと思うよ」

「あ、ありがとう」

「あ、そういえば隣どうしにしたけど大丈夫だった?暗闇の中でわざわざ隣に座るのも変かもしれないけど」

「全然大丈夫だよ。ありがとう」

「どういたしまして」


 気がつけば隣の席を選んでいた。今までも関係が自然すぎてつい本物のデートのように思ってしまいがちだが残念ながらこれは仮デートであり、付けてきている男達の目がなければフリをする必要はない。慎司としてはなくてもしたいのだが、涼音がどう思っているのかが疑問だったのだ。


 涼音は鼻歌混じりでチケットをひらひらとさせながらくるくると回っていた。余程見たかったらしい。


「行かないの?」

「まだ、入れないよ」

「あっ......」


 映画館への入場は制限がある。具体的には開演前の二十分前からしか入れない。今の時間ではまだ早いので受付にいくらチケット見せても入れないのだ。


「あ、入れるようになったよ」

「本当かな?」

「本当だってば。ほらっ」


 涼音は自信たっぷりにいう割には慎司の言葉に揺さぶられているのか慎司の手を引いて、受付へと赴いた。一人で行き、もしもまたダメだった時の保険だろう。しかし慎司の手を掴むその小さな手は細くて白くて慎司が少しでも力を入れると折れてしまいそうなほどだった。


 じんわりと涼音の温もりが伝わってくる。


「ね?行けたでしょ」

「本当だったね」

「今更だったけどポテトとかポップコーンとかジュースとか買わなくて良かったの?」

「本当に今更だね......。映画を見るときは黙ってじっと見ている方が好きだから普段から買わないよ」


 涼音の心配は無用だった。

 繋がれていた手にぴくりと感覚が走ったのはきっと涼音が安堵したからだろう。


「よく映画館にはくるの?」

「私もあまり来ない。だから大画面で見るのは楽しみ」

「きみこそ何か買わなくて良かったの?」

「たまに来た時に気分で買うときはあるけど、この作品、上映時間が三時間近いから」

「え」

「だから生半可に飲み食いしてたら......途中退室しなくちゃいけなくなるわ」

「それは......きつい!」

「でしょ?!盛り上がったところで退室、なんて死んでも死にきれないわ」

「え?死?」


 手を繋ぎながら他愛もない会話をしている。それが慎司には俄には信じ難いことだった。いや、慎司に限らず誰でもそうだろう。今日初めて出会ったはずの少女といつの間にか仮デートをすることになり、相手はどう思っているのか分からないがともかくも、手を繋いで映画館に入ろうとしているのだ。


 この瞬間が永遠に続けばいいのに、と思ってしまった慎司を誰も責めてはいけない。


「そう言えば主人公の名前がキミと一緒だね」

「へぇ〜」

「始まるまで私が前作までの内容をざっくり説明してあげようか?」

「え、前作まで?二作目じゃないの、これって」

「そこを詳しく言い出すと長いけど、これは四作目というのが一番妥当かしら」

「わかるかな......」

「主人公と同じ名前なんだからきっとすぐ世界観にのめり込むわ。そして、抜け出せなくなるわ」

「......えー」


 抜け出せなくなる映画というのは一体どんなものなのだろう。それに興味を抱いてしまいそうになるが、絶対理解できないだろうという謎の自信もある。


 涼音が意気揚々と一作目の話をし始めるが序盤から意味が分からない。しかし、少年心をゆさゆさと燻らせてくれるような話であるような気がした。話しながら席へと座り、暗くまるまでも話す。その大半はほとんど頭から抜け落ちてしまったが、それなりに楽しめるような気がすると、錯覚できるぐらいまでには知識を身につけた。


 汎用人型決戦兵器という漢字の並びは特にかっこいいな、と思った。

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