第4話「僕の仮彼女」


「どれがいいかな」

「ん〜流行している服とかは無難かもしれないわね」

「何が流行ってるのかな」

「ワントーンコーデとかじゃないかしら。私もそこまで詳しいわけではないから分からないけど」


 涼音が教えてくれたのは近くのマネキンが来ている服装と一致していた。本人はあまり詳しくないとは言っているが実際は慎司が思っているよりも全然詳しいように思えた。

 カフェでのブレイクタイムを終えて慎司達はとある服屋に来ていた。ここはどうやら涼音の御用達の店らしく、迷うことなく案内してくれた。


 慎司の御用達の店は時たまに家の近くに来るセールカーなのでこういう場所の服は目新しくて新鮮だ。仕事をするようになってから人と会う時にはほとんどがこのスーツ姿なので、私服に関してはあまり執着しないようになってしまっていた。これでも自営業なのでほとんどは私服で生活できるはずなのだが、家から一歩も動かない時はパジャマ姿で行動するという徹底ぶりなのだ。


「これとかはどうかな」

「確かにそれも可愛いわね。でもこっちも似合っているかもよ?」

「そう?こんな感じになった......」

「よく似合っていると思うわよ」

「あ、ありがとう」

「どういたしまして」


 服を選んでもらうなんてことは久しぶりだった。それに涼音が慎司に合うような服を選んでくれようとしているで尚更に嬉しく感じた。


 涼音に渡された服を胸の前で合わせてみて、鏡と睨めっこする。元がスーツなのでいまいちよくわからない。慎司がどうしようかと頭を悩ませていると、涼音が両手に服を抱えてやってきた。


「一応、見繕ってみたよ。試着室で一回着てみてくれないだろうか」

「わ、ありがとう!」


 慎司は礼を言いながらそれを受け取った。そしてその瞬間に付けている男達の視線を何となく察した。慎司は人からじっと見つめられ続けたことがないので、視線に関してはとても鈍感なのだが、今のはあまりにも不躾だったので慎司にも感じ取ることができた。


 慎司はこっそりと耳打ちをする。


「僕が着替えている間に何かしてくるかも」

「でも大丈夫よ。キミの試着室の前に居れば話しかけてこれないわ」


 それはそれで慎司にとっては急かされているように思えてしまうのだが、この際は仕方がないだろう。できるだけ早く着替えて、一刻も早く、涼音を一人にさせないようにしなければ。


「わかった。何かあれば開けてくれていいからね。......あと、着替えたら服装の感想をもらえると助かる」

「ふふつ、任せて」


 笑顔で見送られた。

 慎司は試着室の利用を店員に話し、了承を貰うと、目にもの止まらぬ速さでどんどん着替えていく。しかしその時に、涼音がどのような服を選んでくれたのかも忘れずにチェックする。


 涼音が選んでいたのは街着でもアウトドアでも活躍できる万能パーカーである紺色のマウンテンパーカー。キャンプベージュ色のアクティブなパンツのジョガーパンツ。


 どれも慎司が着るにはもったいないほどにキマっている服装だった。


 慎司は鏡を見ながら身なりを整える。それと同時に涼音について考え事をした。涼音を一言で表すならば「可愛い」の一言に尽きる。それ以上の言葉は不遜であるし、それ以下の言葉もまた不敬にあたるだろう。

 そんな彼女であるが、おかしなこともいくつかある。


 どうして付けられいるとわかって慎司という初対面の男を相手にデートをしているのか。普通ならばいの一番に交番か警察署へと駆け込むべきなのではないだろうか。慎司も成り行きで一緒に行動してしまっている以上、偉そうなことは言えないのだが、どうにもこの状況を楽しんでいるような気がする。


 それに慎司の名前を知っているのも不思議だ。慎司は会ってから一度も自分で名前を名乗っていない。名乗ろうとしたが、タイミングを逃してしまったという記憶があるのでまず慎司が自分で名乗ったことを忘れているという可能性はない。


(どこかで会ったことがあったのかな)


 しかし、あのような美少女を忘れることがあるだろうか。ただでさえ女性関係がない慎司なのだ。絶世の美少女に会ったことを忘れているとは思えない。


 それに慎司の心から湧き出てくる温かくも苦しいこの気持ち。慎司は自分がどうするべきなのかイマイチよく分からなかった。


「着替えたよ。どうかな」

「うん、かっこいいね。よく似合っている」

「ありがとう、きみの見立てが良かったからだね」

「そうか。まぁ喜んでくれるなら良かった」


 涼音がうんうんと頷いてくれるので馬子にも衣装ではあるがそれなりには見えているということだろう。

 店員にこのまま会計を頼み、スーツは袋に入れてもらった。荷物が増えてしまうがスーツ姿でこれから行動するよりはいいだろう。慎司が着替えている間に何かハプニングが起こったかどうかを涼音に訊ねてみたが「何もなかったよ」と淡白に返された。


「でもまだ付けてきてるんだね。......しつこいな」

「まぁ、そんなに珍しいことでもないよ」

「警察とかには......」

「そこまで大事にするつもりはないよ。私の身は私で守るから」

「......」

「今は、彼氏としてキミに付き合ってもらってるけどね」


 やはり、何か隠しておきたい何かがあるのだろうか。

 慎司は涼音の警察に対する拒絶とも取れる言葉に想像を働かせる。しかし、すぐにそれを知ったところで慎司にはどうすることもできないし、意味のないことだと判断して諦めた。


 それに変な疑いを持ってこの仮彼氏が終わってしまいかねない。それは何としても避けたいのだ。慎司は自分の気持ちを今一度向き合おうとしていた。

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