大捕物

「はぁ、なんなんだアイツらは」

「オダワラさん、こういうショッキングな事件の動画は高く売れるらしいっすよ」

「……そ、それぐらい俺だって” すまふぉ ”で” あいてー ”を使いこなしているから、わ、分かっているさ!」

「ふふ、ぶっ……」

「そこ、笑うタイミングじゃねぇだろ……!!」


 ニューナンブ特有の発砲音がごく短時間に4回も耳に飛び込んできた。

 そろそろ定年を迎えるのではなかろうかという警官が改めて現場に目をやると、明らかに異常な光景を目の当たりにする。

 既に最低でも1発は身体へ弾丸を撃ち込まれているであろう血塗れの犯人が2人の警官ともみくちゃの団子状態になり一軒家の玄関から一斉に転がり出てきた。


 事件発生第1報の時点でおかしな情報が多かったことをパトカーの2人は思い出す。


 通報者からの情報では彼自身は噛みつかれただけだが、玄関から覗ける範囲で一軒家の住人のものであろう血溜まりがそこかしこに点在し、まるで猛獣にでも噛み砕かれミンチにされたような肉片らしき物も見えた、と通話口で混乱気味に話していたという。

 そのため、犯人は何かしらの強力な武器を持っている可能性があると判断した警ら課長は、現場へ向かうパトカーのトランクにはジェラルミンの盾を載せ、室内へは3人、そして1人は住居の玄関前で、情報伝達と事態悪化時に備えて残る2人はパトカーで待機するよう指示をしていた。


 室内へ向かった1人がまだ出てこない。


「おい、無線で応援呼んだか?」

「え、はい」

「えらいこった、下手すりゃ2階級特進出てるぞ。早く現着するよう本局煽っとけ」


 オダワラが加勢のためにパトカーから出ると犯人と同僚のもとへ向かっていく。



 ***


 オダワラの視線が犯人の充血した眼が放つ視線と交わった途端、彼を悪寒が襲う。

 充血にしては異常なほど白目が赤黒い。眼球表面の毛細血管全てが切れたかのような眼には生気が宿っていないように感じた


「コイツ、イシイの腕を喰い千切りやがった!!サクライは、く、首を噛まれてまだ家の中に……畜生ぉ!!!」


 犯人と共に一軒家から吐き出され、完全に混乱している警官が事前警告もなしに犯人へ銃弾を3発浴びせ、跪かせた。家の前で待機していた警官も警棒を構えた状態でジリジリと犯人との距離を縮める。

 混乱しながらも警官の射撃には狂いがなかった。彼の後ろには左腕を中心に血まみれになっている警官が拍動に合わせ噴き出す自分の血をどうにか止めようと、必死に右手で傷口を押さえてかろうじて立っている。


「おい、イシイ!どうし……お前、その腕は?!」

「サクライさんが犯人をた、盾で押し返そうとした時、床に溢れていた血で足元滑らせて盾からも手を放してしまって、は、犯人サクライさんに覆いかぶさって首を噛ん……サクライさ…ヤツの脇腹に発砲しても……おぅ゛げぇぇっ!!」


 腕に傷を負った警官は堪らずその場で嘔吐してしまった。


「あぁ。吐いちまったな……イシイ、まだ、動けるか?パトカーまで行って状況を無線で伝えろ。とにかくお前は後退するんだ、あとは俺と他のモンで片付ける……!」


 血まみれのイシイはかろうじて頷くと、怪我をした左腕の傷口を引き続き強く押さえながら進行方向、規制線ギリギリの位置に幾重となく壁を形成している野次馬たちを睨みつける。しかし、彼らはまるで壁のごとく微動だにしなかった。


「イシイ先輩、大丈夫っすか?」

「オ、レよりサクライさんが……酷い。まだ、家の…中だ。助けないと」


 イシイは自分の身よりも目の前で首を噛まれたサクライの事を気にかけ、血だらけの両腕で後輩の両肩を掴む。イシイの出血は予想以上に酷く、肩を掴まれた後輩の制服にも血が付いてしまった。


「そんな傷じゃむ、無理っすよ!!先輩、とにかく、止血。止血しましょう!!」

 そう言うと彼は自分の肩からイシイの手を外し、パトカーを背もたれに地面にそのまま座らせるとトランクを開けて救急箱を取り出しイシイのもとにかがみ込んだ。


「えええと傷口の保護は……こんなガーゼじゃ収まらない、あ!殺菌!!じゃなくて、とと兎に角、し、止血しけつ……」


 イシイの傷口からは彼の拍動に合わせ出血し続けているのははっきりとしているが、警官でもなかなか見ない出血量の為にパニックに陥っていた。


「あの~、すいませ~~ん!!そこのお巡りさん!!なにか手伝えること、無いですか?!」

「!?しけ……ボク?」

「私、この近くの整形外科に勤務している看護師のミヤコという者です!同僚さんの出血をすぐ止めないと!!」


 野次馬をかき分けてきたのか、いつの間にか一人の女性が規制線の最前列でパニックに陥っていた若い警官に呼びかけてきた。


「……ああああ。天使だ!!おっお願いしますっ!!!」


 天使と呼ばれたその女性は規制線をくぐり、パトカーに小走りで歩み寄ると早速イシイの傷口の状態を見定める。


「天使にしてはだいぶ太ってるけど、任せて。あなたは……」

「ののの、ノダですえっと…」


 ノダの自己紹介を華麗にスルーした看護師のミヤコは、救急箱の中から『滅菌済み三角巾』と書かれたビニール袋から三角巾を取り出し器用に細く折りたたむとそれを半分の長さに折り、傷口ではなく傷よりやや上の肩に近い位置にイシイの様子を伺いながら固く結びつけ始めた。

 三角巾の端に止血開始時間を手持ちのペンで書き込みながらミヤコはノダに話しかける。


「ノダさん。あなたは、あなたが出来ることだけに集中して。これぐらいの出血なら救急車が来るまで持ち堪えられる。あと、他にタオルか大きな布ってある?」

「救急車!無線……!!分かりました。先輩を頼みます!た、た、タオルならボクの汗拭き用で……」

「それでいい、こっちに頂戴!」


 少しだけ湿気っているタオルをミヤコに手渡すと、ノダは救援と応援を要請しにパトカーの無線機に手が届く場所まで移動していった。


 ***


 接射銃創が2発、左の脇腹から右脇腹へと抜け、肩口と腹にも1発ずつ、そして大腿部に1発。

 重要な臓器に甚大なダメージを与えているのが素人でも分かる脇腹2発の時点で常人ならまずまともには動けないどころか失血性のショック死をしてもおかしくない犯人がゆっくりと立ち上がり、イシイの残した鮮血の血痕を追うように野次馬の壁へと身体を向ける。壁はは蜘蛛の子を散らすように野次馬彼らの大半は逃げていく。

 だが、スマホでの動画撮影に集中してしまい、犯人との距離感が全くつかめていない大莫迦者たちが規制線ギリギリの各自思い思いの場所で犯人のアップと家の中をどうにかして録ろうとスマホの画面に齧りついていた。

 業を煮やしたパトカーの拡声器からノダの怒号が飛ぶ。


「おい!!君たち!!スマホなんかで撮ってないで早く、早く逃げなさい!!!」


 相手との距離が5mを切ると彼らも危機感を肌で感じ取ったようでスマホを下ろして全力で逃げる者、まだ撮り足りないと後ろ向きに小走りで録画を続けながら逃亡を図る者、常日頃は行わないであろう体の使い方に慣れず、脚がもつれて転び、腰を抜かしその場から動けなくなった者。


「あぁ!全く!!」


 パトカーの拡声器で一喝を入れた警官が莫迦の1人に手を貸し立たせると安全な場所まで移動させた。



 ***



「これ以上あの怪物を自由にさせるな。俺たちで動きを止めるぞ!モリシマ、残弾は」

「さ、さっきので全て……」

「分かった。しかし、ヤツは何発喰らったら気が済むんだ?」

「もしかして……もう死んでいるのでは?」

「そんなことは言うな!薬物中毒者の可能性は捨てきれん」


 オダワラはこの大捕物を終わらせるために少しの間考えを巡らせると、血塗れの一軒家の中へ入っていった。


「オダワラさん!ちょっと、中は……!!」

「サクライが持ってた盾、借りてくるわ」


 家の中はあらゆる物が壊れるか倒され、足元は先に突入した者たちから聞いた通り血溜まりと肉片がそこら中にあった。狭い廊下からすぐ横のドアから大量の血液が出た時特有の、血や錆びた鉄の塊を舐めた時に鼻の中を通るあの嫌な匂いがしてきた。

 リビングのコーヒーテーブルの向こうにうつ伏せになっている制服を着た脚と革靴が見えた。動かなくなって間もないサクライは眼を見開き、盾に右手を伸ばすかのようにまま倒れている。


「すまん、サクライ。盾、借りてくぞ」


 オダワラは血でドロドロになっているサクライの顔だけでも拭いてやりたかったが、後の現場検証で話がややこしくなることを避けるためにほんの少しだけ手を合わせ、盾を手に取ると血塗れの家から出て行った。


「大丈夫だったか?」

「は、はい。オダワラさん。サクライは……」

「もう、助からない状態だった。それより俺たちはやることがあるだろ」


 オダワラは盾中央のハンドルを通常とは逆さに握り、補助ハンドルにもう一方の手を添えると、犯人の背後めがけて突進していった。

 オダワラは若い頃、機動隊に配属され相当鍛えていたと日頃から同僚たちに話していた。通常なら何処かの署長の椅子に座っていてもおかしくないような人物だが、どこで出世街道を外れてしまったのか、または四囲の市民を守ることを希望したのかは彼にしかわからない。


機動隊俺たちの盾ってモンはなぁ……ぶん殴るか、ぶん投げるモンなんだよ!!!」


 勢いよく振り上げた盾の側面が犯人の頚椎を捉えた。その効果は拳銃とほぼ同等の威力を発揮したようで、犯人はその衝撃に耐えることが出来ず受け身も取らないままうつ伏せに吹っ飛ぶ。


「よし!!確保ぉ!!!」


 オダワラは犯人に馬乗りになり、同僚へ叫ぶかのように確保の合図を送ると残された3人が今にも暴れだそうとする犯人の上にのし掛かる。犯人の肩から上は盾で押さえつけられ、その間に手錠が掛けられた。それと同時に手首の肉が腐臭を放ちながら削げ落ちた。


「??!まさか、おい……」

「まだ暴れてますけど、応援は?」

「あ?まだ来てないのか!?もう一度煽ってこい!チンタラしすぎだ!!」

「あっはい!!」


 無線担当のようにパトカーに張り付いていた若い警官、ノダが鼻を防刃手袋の甲で押さえながら立ち上がる。一人分軽くなったせいか、犯人はより一層激しく身をくねらせ更に腐臭を放ちながら暴れだす。


「クッソ、こいつマジで何なんだ!?腐った肉みたいなニオイさせやがって!!」

「モリシマ!肩だ!肩をしっかり抑えておけ!!もう腕は封じたから肩から上と腰から下を押さえるだけでもう充分だ!!」

「はい!」


 それから5秒も経つか経たなかったか。

 より一層強く押さえつけられた犯人の頭部が、盾と路面の間で不気味な音を立てたと同時に潰れてしまった。


 オダワラを除く全員が元・犯人だった遺体から降りると、互いと遺体を交互に見ては事の重大さを受け止めようと必死の表情になっていた。生きている人間でも最重要の司令塔を潰された犯人はびくともしなくなる。確保中の犯人が拘束中に頭部や頸部、胸部への過度な圧迫による『事故死』をされたとなると、少なくとも刑事への道は絶たれることをそれとなく理解して呆然と立ち尽くす者が殆どだった。

 暫くすると路面と盾の間から赤黒い血に混じって灰色の得も言われぬ異臭を放つ液体がねっとりと滲み出てきた。

 オダワラ以外は全員、元・犯人の側から離れると捜査で影響が無さそうな場所へとダッシュして胃液まで吐いているのではというほど嘔吐を繰り返している。


「こりゃ、ゲロっても仕方ねぇニオイだ……」


 様々な死体を幾度となく見てきているオダワラもそう吐き捨てると、周りの状況を確認した上で戻ってきた警官に一瞥すると同時に自身も公園のトイレへ駆け込んでいった。

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